🌸今日、ここに来てくださり

どうもありがとうございますにっこり


昨日は、母の日。


街中にあふれたカーネーションが、

まるで花畑のように見えましたおねがい


そして、先月見た、

空と重なるように咲いていた藤の花

「紫色」は、

母の好きだった色でしたにっこり


今日は、この景色と一緒に、

母の日のわたしの胸にあったお話

そっとお届けできたらと思います気づき



最初の絆は『お母さん』



6年前の5月。


母の日の少し前、

わたしにとって忘れられない日がありました。


突然、親子でもそれまでのように、

自由に会うことはできなくなったあの日。


母としての自分を一番責めていた時間


「わたしは、いなくていい」


初めて、

自分で自分を消してしまおうとした夜

がありました。


誰にも言えなかったあの時のわたし。


でも、助けてもらいたい

思えたわたしを知ってる精神科が

ありました。



ーーー



それでも。


ここ数年、

母の日と離婚後の

面会日が重なるたび、息子は変わらず

いつも持ってる小さなお財布から

そっとカーネーションを

買ってくれるようになりましたニコニコ



今年で

4本目のカーネーション。


昨日、クーラーの建物のなかで

冷えたわたしの手に気づいた息子は、


「お母さん、手冷たいね💦

ぼくの手は温かいから、

ぬくもり感じるでしょ?照れ


そう言ってくれました。


11歳。もう6年生。


それでも、変わらずに手を繋いでくれること。



ーーー



来年は中学生。

きっと

今までのようには

会えなくなるかもしれない。


だから今年は、

その手を繋ぎながら、


「空が青いね。きれいな日だね」


「そうだね。お母さん。」


一緒にこの時間に見える景色を大切に、

青空の下を歩いていましたおねがい





その一本のカーネーションは、

わたしにとっても

「生きたこと。

それだけで十分」と、

そっと言ってくれているような

温かさもくれるようでしたにっこり



母の日。


お母さんにありがとうを伝える日。

子育てや家事を頑張ってきたことを

認めてあげる日。


毎年、そんな思いがあふれる一日に、

母がいないことや、

子どもと離れている“母でもあるわたし”として

どこか切なさが重なる時間が

あった素直なこころ。


そこで感じたのは、

きっと同じように、

いろいろな親子関係があって、


そして、会えても、

会えなくても、


生きる道の中で出会う

たくさんの人との関わりの中で、


一番最初の自分にとっての絆は

「お母さん」という存在。


そのことを、

そっと温かく思えるだけでいいのかなって

思うようになりましたおねがい



ーーー



母からもらった絆。

そこからたくさんの人との絆の中で

生きてきて、今度は私から、

3つの命へとつながっていった絆。


できないことがたくさんある

お母さんであっても、


ただ、それがあったということだけを、

温かい気持ちで

受け取れる今がある。


息子のカーネーションと、紫色の藤の花。

そっと教えてもらった一日でしたにっこり



ーーー



🌸今日もありがとうをこめて。

大切な一日のなかで読んでくださり、

どうもありがとうございますにっこり


親子の見えないカタチや、

誰にも言えなかった涙。


毎日過ごしている姿のなかにも、

そっとあるのかもしれない。


ふと感じた時間でした。


今日は、この5月に。


立ち止まりながらも、

少しずつ自分を認めながら、

生きる選択を続けてきたわたしへ。


届けていた言葉を。



 I like the way you are.


(そのままのあなたが好き)


添えさせていただきますねニコニコ



ーーー



🌸今日、わたしと出会って下さった方、

「いいね」や「フォロー」そっと

届けて下さった方、

温かさをどうもありがとうございます


6年前の今頃、乗り越えていた夜があって

そして、「いま」この出会いがあることに

とても感謝していますにっこり


またよろしかったらふといらしてくださいねハート

お会いできること、楽しみにしています!


🌼今日も一生懸命だったあなたへ。

少しでも、こころと身体

ゆっくり、休まりますように‥✨