少女は初めて、雀を見た。
小柄な体で軽く跳ぶ姿に、目を奪われた。
追いかけてみたが、捕まえられなかった。
距離を縮めることすら難しく、すぐに飛んでどこかへ消えた。
それでも少女は、雀に近づきたかった。
今度はそうっと足をひそめた。
またすぐに、飛んで消えた。
何度も何度も近づいたが、距離が縮まることはなかった。
ある日少女は、写真を撮った。
可愛い雀が手元に残り、とても嬉しくなった。
少女は写真を、コレクションした。
それらには、特別可愛い雀の姿が写されていた。
雀に触れることはできなかったが、心は満たされていた。
いつしか少女は、増えた写真で写真集をつくるようになった。
どれも大切な宝物で、
誰にも触れられないように引き出しの奥にしまった。
ある日、引き出しを開けると、写真集に折り目がついていた。
誰かが触ったことが分かった。
それから、つくった写真集を本当に誰にも分からないだろう場所に隠した。
今度はなぜか、付箋がつけられていた。
"大事なもの"を踏み荒らされるようで、居心地が悪かった。
大切だから、触らないでほしいと、切に頼んだ。
少女は写真集を、鍵付きの箱にしまうようになった。
これなら心配がない。
数か月後、いつもの場所に鍵がなかった。
鍵を見つけて、写真集をめくると、薄い傷があった。
少女は友達に相談した。
友達は、「いい写真だから見たくなるんじゃない?」と言った。
それでも彼女は、写真を撮り、写真集をつくり、
誰にも見つからない場所を探し続けた。
自分だけの宝物を、守りたかったからだ。
ベッド下の引き出しの下、学校のロッカー、本棚の裏側。
どこに隠しても、誰かに見つかった。
見せてほしいと言われ、断れなかった。
断っても、勝手に開く人がいた。
ある時、彼女はあきらめた。
すべての写真集を、捨てた。
初めて雀を見たときに、踊った心。
可愛い姿を収めることができると知った、嬉しさ。
自分だけの大切なものにしたかった。
できないことが、苦しかった。
それを知ったある人が、
性能のいいカメラと、印刷機をくれると言った。
あなたの写真が見たいからと。
何でも買ってあげるからと、そう言われた。
彼女は、「ありがとう」と言ったが、何も頼まなかった。
写真を撮る気力が湧かなくなった。
世界から色がなくなって、景色が平らに見えた。
なにもかもに、ピントが合わなくなった。
そんな世界で、写真なんて撮れるわけがなかった。
とある人が、彼女に言った。
「写真を撮らなくていいから、そのシャッターを押してくれ」と。
言われるままに押してみると、ピンぼけの景色がモニターに映った。
それでいいと、その人は言った。
そんなわけがない、と彼女は思った。
ある日彼女は、
「もう一生、写真を撮れないかもしれない」と、
たった一人の心許せる人間に吐露した。
その言葉には、もう写真を撮らないという決心が半分、
もう一度撮りたいという願いが半分詰まっていた。
その人は言った。
「大丈夫。大丈夫だから。大丈夫。」と。
その人は、彼女の写真を知っていた。
彼女がどんな気持ちで写真を撮っていたのか、
自分だけの大切なものを守れない虚しさ、
何回諦めそうになっても撮り続けてきたこれまでを。
その人が言った「大丈夫」という言葉は、
とりあえずの励ましではなかった。
彼女は、その「大丈夫」に込められたそれを信じることにした。
彼女には、写真を撮りたい意志が確かに残っていた。
その人は、それをよくわかっていた。
その人は言った。
「次に会うまでに、一枚写真を撮って」と。
彼女は、無理だと思った。
人に見せられるような写真なんて撮れない。
そんなことはできるはずがないと。
それでも彼女は信じた。
彼女が微かに自覚できる写真を撮りたい気持ちを少しと、
その人の「大丈夫」を。
ある日彼女は、シャッターを切った。
モニターに映ったのは、何を撮ったか分からないほどにボケた写真だった。
それでも、約束を守った。
その後も、綺麗な写真が撮れることはなかったが、
調子がいいときには、雀の写真を撮った。
以前のように可愛い姿は収められず、
何を撮ったかも分からない、ピンボケ写真ばかりだった。
彼女が思いを吐露したその人は、
それらの写真を肯定も、否定もしなかった。
ただ、会ったときにその写真を一緒に眺めてくれた。
彼女は生涯、ピントのあった写真を撮ることはできなかった。
雀の可愛い写真も撮れなかった。
それでも、写真を撮り続けた。
そして、それを一緒に眺めてくれる人を大切に思った。
以前、彼女の写真集を見ていた人は、
彼女が撮ったピントの合わない写真を見て、
また綺麗な写真が見たいと機材を買い与え、
綺麗な写真を撮る方法が載った本を渡した。
彼女が、その機材に触れることはなかった。
