「同じ言語を話しているからといって、双方の意志が通じるとは限らない」


大好きな作家さんの小説中に出てくる言葉。

そう。

いくら言葉を尽くしても、届かない言葉があることを、これほど実感した時はありませんでした。


退職してすぐ。

両親から聞かされた言葉。


「どうしてあんな大企業を辞めたのか」

「もっと上手く、あしらいできなかったのか」

「これから先、一体どうするのか」


ひとこと、ひとことが胸に突き刺さります。

酷くなる不眠。

死ぬ事しか考えられない毎日。

生きている事に苦痛を覚える日々。


私は、自分の身体を傷つけ続けました。

腕にナイフを立て、引き裂き、

手の甲に爪を立てて掻き切り、

静脈に注射、大量の瀉血。


それでも足りず、とにかく痣を作ったり、こぶを作ったり。

言葉を尽くしても理解してもらえないストレスの逃げ口に、

自分の身体を傷つけ続けました。





別セクションに移った事で、私への『指導』や『愚痴』はその量を増してしまいました。私の心の器は、それを受け止めきれずに、あふれさせることもできず、壊れて破片になってしまいました。


私は陰口が好きではありません。

『指導』でなければ、上司への悪口を四六時中。肯定する事は勿論、意見に対しての同意を必ず求める先輩に、私は辟易し、また、


「そう思うのなら意見として、(上司に)直接いってみては如何でしょうか?」


と流していましたが、それが気に障ったようで、『指導』は頻度を増していきました。

反発したのが気に食わなかったのか、中には


「そういうこと言っていると、潰すよ」


とまで言われました。

ここで、『指導』は『指導』ではなく、『パワーハラスメント』だと見切りをつけ、『指導』の内容の客観的メモをつけはじめました。

まずは上司に報告。

それで駄目なら組合に連絡。

最後は民事で。


私はどこまでも戦うつもりでいました。

しかし情けないことに、それより先に、私は鬱病にかかり、業務を全うする事が出来なくなっていきつつなってしまいました。


別セクションに配属されてから約一年。私は退職の道を選びました。

それは、私の様子を見るに見かねた上司の勧めでした。


裏で『指導』が行われていた事に薄々は気付いていたらしかったですが、私のつけていたメモを提出した途端、はっきりと顔色が変わりました。


私は『先輩』への罰則を望みませんでした。

しかし、もう昇進する事はないでしょう。そこまで完膚なきまでに、将来にヒビを入れました。

それと引き換えに、私は退職する事となりました。


しかしそれは、もう一つの闘いへの序章に過ぎませんでした。



最初は時折

「理不尽だけど、それが職場のルールかもしれない」

と思い、黙って先輩の言動に従っていた(今思えば、使い走り以外の何者でもなかったのだが)。先輩の代わりにデータを集めたり、業務を代行したり、細かいアシストまで、先輩のサポートをしていた。先輩の動きを良く見て、与えられた業務をこなして、それに習えば、早く『新人』から抜け出せると思っていたからだ。

その場では、他社員の悪口を聞かされていた。


私は、影で人間性の低い悪口(ファッションがどうのやら、発声がどうのやら、きちんとこなせているのに、その人の仕事の仕方がどうの、etc……)を言う人間は、信用しない事にしている。この時既に、先輩に対する信頼は揺らいでいたのだが、それでも従うままに、業務をこなしていた。


また、先輩以外の社員がいないときは、お説教の時間だった。


「資料のしまい方が悪い」

「さっきのお客様対応、あしらいが悪い(と言ってもお辞儀の角度が浅かっただけ)」


気分によってコロコロと変わるお説教の数々。段々と私は病んでいった。

また、間の悪い事に、異動があった。選抜チームの中に、先輩と供に組み込まれてしまったのだ。

チームは私を含めて6名。そのうち、新人は私だけであった。勿論、ヒエラルキー上は一番下となる。私は先輩の愚痴とお説教をただ一人で受ける、格好の的となった。



私は今年の春まで、ある企業に勤めていた。

多分、日本人で知らない人はいないという大企業だ。

そこに受かり、勤め、私は壊れてしまった。

よくある話と言えば、そう言えるかもしれない。


鬱になった直接の原因、それは、

先輩社員による


「指導」。


それは時には人間性を否定されるような、言葉の暴力だった。


最初、私はそれを


「先輩なりの言葉なんだから、きちんと聞かなくちゃ」


と思った。

それが結果として『先輩』を増長させる原因ともなったわけだが。

新入社員には、ひとりから二人に対してひとり、「教育係」の先輩がつく。

私の場合、それは一対一だった。



晩秋に中途採用で、奇蹟的に大企業に就職。そのことを、心から喜んでいた。

しかし、私を待っていたのは、地獄だった。





私の名前は、マキ、25歳。

俗に世間で言う「ニート」ってやつ、らしい。

現在鬱による休養中。

彼氏なし。

世間から見たら、かなり浮いた存在かもしれない。


自分自身、自分の存在がわからない。

どうして存在しているのか。

私が存在していていいのか。


答えは、多分無いか、決まってる。

でもそれには、モザイクがかかっていて見えない。

どこにあるかも知らない。


それは置いておいて。


私自身の身辺の話をしようと思う。

生家は中の上くらいの一般家庭。都内の一等地に家があり、なに不自由ない生活をしてきた。

容姿には幸い恵まれ、いわゆる「美人」の部類に入るそうだ(そうだ、というのは、老若男女、色々な人からそう、言われ続けてきたからだ)。化粧は好きだが、美人かどうかの自信は無い。

性格はごくごく平凡、いいところも悪いところもある。


そんな私が、鬱にかかったのは去年の三月ごろのこと。


これからは、その話をしようと思う。