2021年

始動!

ちょぴっとフェイントしま〜すモグラ



 

2020年3月某日

荒波に阻まれてお船がUターン船波

竹芝客船ターミナルにて




前回の長〜いお船だけの移動から

今回は45分のお空の旅へ変更し飛行機💨




東京から南へ287km

小さな火山島

やしの木八丈島やしの木




今回は何とか上陸出来ましたハート




おでかけ&車旅を自主自粛した2020年

キャンプメインで地元&隣県を堪能し終え

2021年再始動に照準を合わせて

静かに2020年を終えるはずが...

最後の最後に救急車で運ばれ入院する弟よゲロー

(そういうドキドキ要らないんだけどぉー)

様々な事が起きた1年だったネニヒヒ




状況を見ながらにはなるけれど

2021年は徐々に車旅も復活させて

少しづつ遠出も織り交ぜて行きたいグラサン


とはいえ、距離を延ばせば延ばす程

立ち寄る場所・接触する人は増えるから注意

自分が楽しむ事によって、見えない誰か

に感染させてしまえば本末転倒💣

今回もそうだけど「離島」は特にね。

自分のコロナ軸は決してブラさず&忘れず

少しづつ進めますようにニコニコ




それでは、僕たちの

year-end and New Year holidays

開幕致しま~~~すハート



 

2020.12.29

仕事を納め、お風呂に入り、弟の夕食を用意し

羽田空港到着!宴開始直後に届いたお知らせ🤮


えぇ、想定はしておりましたよ、えぇ…

してはいたんですけどね…


最終的に目的地をリベンジ八丈島と決めたものの

船・飛行機とも天候に左右されやすい伊豆諸島。

◾️船は1便 ◾️飛行機は3便

リカバリーが効くのは飛行機なのである。

だがしかし、ロッティは飛行機が…苦手…。

エルマーとミーナは初めての飛行機。

(この二人はおそらく平気なので実は心配していない)

直通より、過程も楽しめる旅が好きだから

3匹と何度も飛行機旅をする予定はナッシング。

経験として飛行機に乗せるには良い機会ではある…

更に今は密閉時間を最小限にしたいってのもある…

妹達も一緒。今のロッティなら、きっと大丈夫。

よし、飛行機で行くぞ!


1便…欠航

2便…欠航

3便…条件付き運航


着陸時は爆揺れ、自然と沸きあがる乗客の拍手。

3匹も無事、というかロッティの成長ぶりに胸キュン♡

ふぅー、えがったえがった🎶


ちなみに、12/29夜発の船便はね

無事出港&無事着港したそうよ、アハハハハ〜

でもさでもさ、仕事納めてからだから

渋滞したら間に合わないかもしれないじゃん

ブツブツブツ(ㆀ˘・з・˘)





2020.12.30

























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結局がーすーはGOTO停止期間を設けたけれど

目の当たりにする現実として

GOTO登録申請の複雑さや手数料や諸々により

登録自体断念せざるを得ない中小零細企業もある

偏ったゴリ押し制度。本当に助けが必要な所へは

差し伸べられていないお国の支援体制と世の中の動き。

今回のお宿をはじめ

とほ宿・ライダーズハウス・B&B・ユース含め

旅人を温かく迎えてくれる人種の坩堝的な

小さなお宿に私はたくさんお世話になってきた。

どうにか踏ん張って欲しい。そして…

かなり先にはなるけれど、いつかまた迎えて欲しい。



(つーか湯水のように税金を使うのはやめて頂きたい)

(マスクであったりキャンセル料補填であったり)

(地方創生臨時給付金の滑稽な使い方なんぞ…呆)

(凄くドキドキするのだけど、その皺寄せは如何に?)

(昭和のジジババから平成令和の若人へヨロシク系?)

(もしや、安月給の吾輩を更にヒィヒィさせる作戦?)

(冗談はさておき、本当に必要な所へ有効に使って!)



コロナによって今後日本はどうなっていくんだろう?



今思うと私は恵まれた人生を送ってこれた。

学校教育優先ではない家庭方針で育ったため

10代までは祖父母の海外での仕事に学校休んで便乗し

私の稼ぎじゃ生涯泊まる事が出来ない宿に泊まれたり

ーカルな生活・情勢を疑似体験させて貰えたり

自分と年恰好が同じ子が物乞いし働く姿に衝撃を受け

何カ国語も操って現地に溶け込む日本人の姿に

羨望の眼差しで憧れを抱く海外嗜好のガキンチョ。

中学2年生で、何がキッカケだったか?毎年行ってる

場所だから大丈夫♫と塾の友達とハワイ全島旅行を

勝手に決めて親には事後報告。

中学生2人だけの海外旅行を反対もせず

大金を出し送り出してくれる双方の両親もいた。

小さな旅行会社のお姉さんにも沢山お世話になった。

そして、母は、私と弟に色々な世界を見せてくれた。

(母の破天荒さが恥ずかしかった時期もあったなー笑)

(気付くと取り囲まれた輪の中心でブイブイ踊ってて)

(知らない人のフリしとかないと巻き込まれて超危険)

望めば何でも叶うと思っていた当時の私は

世間知らずのおませで生意気なガキンチョ。

そんな私が20代になるかならないかの大学生の頃

帰省時に母の付き添いで伺った着物の展示会場

仙人に出会い、私の思考は日本へと移行していく。

得たいの知れない仙人は、出会ったばかりの私に

「お前はインドへゆけ」と熱く説いた。

時を同じく、異次元の世界の住人であろう旅人には

(たまにこういう人に出会うが、生きる力が獣並みだ)

「まずは日本を知れ。日本を知らなければ

何処へ行っても同じだ」と熱く語られた。

この可笑しな2の言葉は何故か私の心に響いた。

私は日本人なのに日本を知らな過ぎた。

あれだけ連れ歩いて貰えたにも関わらず…

(母よ、スマヌ!でも、おかげで現在の私は強ぇよ!)

ホームステイ時にも、バックパックを背負い

旅人気取ってた時にも、異国で日本の素晴らしさを

ありきたりな事でしか伝えられないカッチョ悪い奴。

そんな自分に薄々気付いてもいた。

相手は自国の素晴らしさを雄弁に語るから尚更…

語学力の問題じゃないんだよね、質で完敗なのよね。

そんなキッカケで、バイクで、時に列車・車・飛行機

1人で・友と・仲間と・母と・祖父母と

ようやく、自分の足で、自分の力で

アホみたいに日本を駆け巡り始めた。

初1人旅はホームシックで海亀の如く枕を濡らした。

多種多様な人と出会い自分のちっぽけさを思い知った。

長期旅の為に何度か会社も渡り歩いた(苦笑)。

なのに、未だに小指の先位しか日本を知れていない。

犬猫目線で巡るようになったり年齢のせいもあるのか

風景も建物も見え方が違うし、景色自体変化もしてる。

何て事だ!終わりのないループじゃないかっ!

真新しい映えの景色やリゾート施設は勿論素敵だ。

でも、以前のままであって欲しかった場所も多々あり

映え優先で何処も彼処も似たような変化を遂げる。

自然が生み出した造形や四季の移ろい

人間が生活する過程で紡ぎ出された建造物

味わいが少しづつなくなってしまうのは少し寂しい。

(若かりし頃は建築を学ぶ学生だった気もするなー)

(夢も野望もあったはずが今は唯のおばはんだ、笑)

現在42歳。まだまだ巡りきれない日本。

3匹に見せて嗅がせて歩かせてあげたい日本。

果たして私がインドへ降り立つ日は来るのだろうか?

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未知なるウィルスが襲来し

大幅な予定変更を余儀なくされ

3匹と過ごす時間を沢山与えてくれた

2020年

下矢印

2021年

きっと心トキメク来年に、乾杯〜っ生ビールキラキラ