私は
ママの働き方応援隊という団体に所属しています。
先日トレーナーブラッシュアップで『なぜママハタにいるのか』を考える機会をいただきました。
私から出てきた答えは
◎『命』を伝えられる現場があるから
◎ママたちが自分たちの得意なことを活かして、キラキラ輝きながらお仕事をできる場があるから
私にとって1つ目は『赤ちゃん先生』のこと。
今回は、それについて熱く?語ってみようかと思います

私は赤ちゃん先生クラスが大好きです!
ママ講師として入るのも、トレーナーとして入るのも大好きです!
保育士をしてたからか、学生時代ジュニアリーダーをしてたからか⁇わかりませんが、小学校開催が特に大好きです!
赤ちゃんのために一生懸命な児童のみなさんの表情が好き。
その、児童のみなさんを見る先生方の表情が好き。
開催の後の感想を読むのが好き。
大好き大好きゆーてますが、とにかく大好きなのが伝わりましたでしょうか⁇笑
ただ、好きだからやる、だけではなく、私が赤ちゃん先生をする理由は他にも。
少し、過去の話をしたいと思います。
私には2人の子どもがいますが、妊娠経験は3回あります。
上の子を妊娠する前に1人、お腹に宿ってくれた子がいました。
胎児ネームをチビ太と言います。
(ちなみに元気に生まれてきた息子の胎児ネームは太(ふとし)、娘は育(いく)ちゃんです。どちらもしっかり育つようにね!笑)
初めての妊娠を喜んでいたのも束の間。
しばらくすると、出血が。
安静にして止まったと思ったらまた出血。
トイレに行くとポタポタ流れおちる鮮血。
その度に不安になり夜中だろうが病院へ走る。
毎回エコーで赤ちゃんを見せてもらい胸をなでおろす日々。
出血がなかなか止まらず周産期医療センターのあるところへ転院。
入院まではしなくていいができるだけ安静に、との指示。
自宅で最低限のこと以外はゴロゴロ。
そんなある日。
トイレに行くと『パシャッ』という水風船が割れたような音と共に破水。
ちょうど旦那が帰ってきてたのですぐに電話し病院へ。
初めてでも破水だってしっかりわかって、怖くて怖くてたまらなかった。
電話の時も、車に乗ってる道中も、ガタガタと震えが止まらなかったのを覚えてる。
病院に着き、診察を受けると…結果は…
『全破水』
羊水が全てなくなり、ぎゅうーっと壁にくっついてしまってる赤ちゃん。
そこで先生に言われたのは、
『このままお腹で育てても、いつどうなるかわからない』
『もし最後まで奇跡的に育ったとして、肺が完成しないので生まれたらすぐに死んでしまう』
『全前置胎盤のため、大きく育つと母体の大量出血の危険性がある』
並べられる、妊娠継続を諦めざるをえない言葉の数々。
全破水という事実だけでも頭真っ白になっていたのに、唐突に告げられる、命の選択。
『このまま妊娠を継続しますか⁇それとも諦めますか⁇』
病院に行けばなんとかなるんじゃないかと思ってた。
でも、どうにもならなかった。
その場で2人で考えて決めなきゃならなくて。。。
旦那は私の体のことを考えて、諦めるを選択。
私は…
諦めたくない。
でも、、、
結局、選んだのは諦める、でした。。。
翌日。
処置の前にエコーで再度確認。
ドクドクドクドク…
心臓…動いてる…
産んだら…死んでしまう…
やっぱり死なせたくない…でも…
ぐるぐる考えつつも、処置は進む。。
ラミナリアで子宮口を広げる処置。
その間、ベッドの上で、産んだチビ太を埋葬するための箱を自分で作っていました。
私たち夫婦の結婚式の引き出物が入っていた箱。
それに、飾り付けをして。
夜はもちろん眠れませんでした。
さらに翌日。
陣痛を起こし、出産。
15週3日。
13センチ、55グラム。
ちゃんと、人の形をしていました。
目も、鼻も、耳も、手も、足も、爪も、そして男の子のシルシも、全部、全部、もう形が出来上がってて。
ずっと側に付き添ってくれていた旦那が、産んだチビ太を看護師さんが連れてきてくれたのを見た途端に、私と知り合ってから今までで見たことない程涙を流していました。
2人でわんわん泣きました。
ごめんね、ごめんね、って何度も謝りました。
だって、この子は私が産んだことで命を落としたから。
私が殺してしまったも同然で。
謝っても謝っても謝りきれなくて。
ほんとにほんとに申し訳なかった。
心配してきてくれた両親や親族もみんな泣いてて。
それも申し訳なくて。
やりきれなかった。
間違いなく、人生で一番辛かった日。
ただ、1つだけ救われたのは看護師さんの言葉。
『この子はね、ギリギリまで生きていたから、お母さんに足型を残してあげることができたのよ』
『お腹の中で死んでしまった子は、腐敗したりでうまく足型を残すことは難しいの』
そう言って、渡してくれたのは、チビ太の小さな小さな足型でした。
すんごいちっちやいのに、ちゃーんと足の指もわかるでしょ⁉︎
大きさを比較するために、息子の足型と比べるとこんな感じ。
次の日には退院してチビ太を火葬場へ。
今でも息子と娘を連れて、お参りに行っています。
私に宿ってくれた最初の命。
その命を失った悲しみは大きくて、しばらくは赤ちゃんや子どもを見るのが辛かった。
高校から書いていたブログには妊娠のことも書いてて、それを見るのも辛くて、ブログごと全削除したりもしました。
息子の妊娠しても、毎日が不安で不安で、できるだけ安静に、ってずーっと考えて、ちゃんと生きてるかなって毎日ドキドキして、出血してたらどうしようってトイレのたびにビクビクしていました。
トイレ行ったら血が見える気がするの。
怖くて怖くて。
チビ太が産まれた週数超えたら、
『あぁ、超えた。よかった。』
って胸をなでおろして、
おなかがよく張ってたから、とにかく安静に、できるだけ動かずに。
気をつけて気をつけて。
無事に産まれてきた息子は、早6歳になりました。
息子も、娘も、とにかく無事に、産まれてきてくれてよかった!!!!
本当によかった!!!!
ありがとう!!!!
2人は私たち夫婦の宝物。
これは私が子どもたちによく言う言葉。
とにかく、すくすくと、のびのびと、いきいきと、育って欲しいなぁと思う。
無事に産まれてくるって本当に奇跡。
今、生きてるだけで奇跡。
…チビ太の話は、あえてする話でもないし、今まであまり人には話してこなかった。
でも、赤ちゃん先生で彼のことを話す機会があり、私はチビ太の
『命の意味』
を見つけた気がした。
産まれてくるってすごいんだよ!
今生きているあなたは、本当にすごい力を持ってるんだよ!
私がママハタにいる理由。
『命』を伝えたい。
『命』を感じてほしい。
私は『赤ちゃん先生』が大好きです
