中学校に上がる時期になり、
12月に市内の、祖母の家へ引っ越した私は、
誰の知り合いもいない学区の中学校へ上がることに決めました。
幼稚園からの理解ある親友と別れても、
「虐めによる差別」は、もう受けたくはありませんでした。
なので、誰の知り合いもいない学校へ入学する不安はそれほど感じませんでした。
私は浅はかにも、すぐに友達ができると考えていましたが、
現実は、私の夢と希望を、無残にも打ち砕きました。
なかなか友達ができず、不登校になり、学校の中の相談室に通うようになりました。
私は「親友と離れて初めて、親友のありがたさを実感した」のでした。
「本当に心を許せる友達ができたのは、中学2年生のときのことでした。」
それからは、教室へも、徐々に行けるようになり、
疲れたら休み、また元気になると行く、というような感じで
時間は穏やかに流れていきました。
中学3年生になり、私は、受験の夏を迎えました。
「当時、私は高校に行くことに何の意味も見出せないでいました。」
なぜみんなが、こんなにも真剣に、受験勉強に打ち込めるかが不思議で、
そして、その姿がまぶしくも見えました。
私は、努力している同級生たちの姿を見ながらも、
7月まで、受験の準備も何もしないまま、
時間だけが刻々と過ぎていきました。