私はここで告白しますと、
母の支配的な中で育ってきました。
父は仕事が忙しく、育児、子供のことは全てまかせきりで、私も小学生の頃は休みの日以外、父と話した記憶があまりありません。
そして母は本来のあるべき夫婦の姿、何でも話し合い、二人で決めていくという基本的な関係を見出せず、母は次第に父へ目を向けなくなり、私へと特に向いていったのでした。
アトピーという過酷な重度の病気もあり、私を、もう一人の自分のように、
そして私にはまるで糸が付いていて、その先の木の持ち手を母が持ち、まるで全てを支配しているように感じていました。
私はアトピーで小学生までは、友達が食べているおやつなど添加物と名のつくものは一切食べさせてもらえませんでした。そして、心配という名のもとで、洋服も、小学生まで母の選んだ服を何の疑問もなく着、その、支配的な関係に何の疑問も持ちませんでした。
しかし、思春期を向かえ、決定的な決別を決意するきっかけの核となったのは、私が19歳のときでした。
当時は満足な医者を見つけられず、薬もひどくなったら飲むと言う状況でしたので、私の鬱病は悪化しました。
夜もろくに寝ず、日中も寝ない。24時間ほとんど起きている時期がありました。
母は、私に寝なさいといいましたが、気分が最高潮に上がり、ハイだった私はそれを頑として受け付けず、跳ね除けました。何と言っても分かってくれない母に、私は苛立ちを感じました。
そして、私はハイになったときに見せる、母には心配であったろうまなざしが、私には異常と見る、理解できないと言う目に本能的に感じられました。
そんな中で満足に母や父に、自分が本当に感じてきた両親への子供としての疑問をいっても、何ら真に分かってはいない、という鬱積にまみれていきました。
ちょうど、そんなときに集会の方から病院と、別の方から個人でやられているカウンセリングの先生を紹介されたのでした。