ヤマイヌのたわごと -2ページ目

終電

思いのほか仕事がはかどらず、終電で帰宅する時間になってしまった。
持ち越した仕事は、明日ちょっと早めに出社してこなさなければならない。
そう思いながら、終電時刻に間に合った人々で埋まった電車の中で時刻表を眺め、
明日の電車の時刻を確認する。

家から最寄りの駅までバス十分、そこから電車を二つ乗り継ぎ、
駅から仕事場へ十二、三分ほど歩いて出社する。全く面倒な通勤だ。

「今度約束やぶったら、絶対別れるからね!!!」
二つ目の乗り換え駅を降りコンコースから乗り継ぎのホームへ階段をあがっていくと、
階段の踊り場で顔に眉間を寄せものすごい剣幕で
携帯電話に向かってまくしたてる女に遭遇した。
乗り継ぎの帰宅者たちは、その女のことに気をとめることもなく
ホームへ向かう階段を上っていく。
僕も人々と同様にその女の前を通り過ぎてホームへ上がった。
しかし女の声はホームまで響き渡り、聞く気がなくてもこちらに聞こえてくる。

「何度目だと思ってんの!!!本当に、本当に別れるからね。」
デートの約束なのか、何なのか分からないが、
相手はこの女のつきあっている男であることは間違いなさそうだ。

そこまで念を押すように言うならさっさと別れちまえよ。
だいたいすでに終わってるんじゃないか?
全く見ず知らずの他人のことなのに、
おもわず聞き流しながらもそう考える。

いやいや、別れたいから「別れる」というのか、
別れたくないから「別れる」というのか。
僕が考えるほど、どうやら世の中単純ではないらしい。
しかし、できれば僕はもうちょっとシンプルに生きたい。

迷惑な解釈

「イギリスの警備会社に所属していた斉藤さんが・・・・。」
そんなニュースが流れていたが、イギリスの警備会社って、傭兵部隊のことだろ。
国際法上、傭兵ってのは禁止されている。そんなことは知ってるさ。
でも実質は、傭兵じゃないか。
いいかげん、事実を適当にマイルドにするメディアには腹が立つ。
「警備会社とは実質上の傭兵部隊で・・・・。」となぜ言えぬ。

ペイオフ解禁、ってなんですか?
「ペイオフ」って不払いだろ。不払い解禁ってどういうことだよ。

「イラクでのテロ活動が活発になっている。」
事実上は戦争状態だろ、テロでもなんでもない。
政府が政府の立場で「あれはテロだ。」言っているだけだ。
なぜ、ニュースは政府の言い方をそのまま真似るのだ。
もしもあなた方が政府の出先機関なら、そうだとはっきりいいなさい。

いい加減な解釈はやめてくれ。
聞く気がなくても一方的にいろんなところから、
誰の言葉と言うこともなく、勝手にこちらに語りかけてくる。
こちらははなはだ迷惑を感じているのだ。

蛇口

店の外に準備中の看板をだし、店内のトイレの掃除をはじめる。
雑巾で埃のたまりそうなところをふきながら、
とても天気の良い日なのに、僕はなにかもやもやとした気持ちが
ぼんやりと昨日から続いているのを感じていた。
そういう気分の時もたまにはあるという程度のことで、
取り立ててなにか嫌なことがあるわけでもない。
にもかかわらず思わずため息をつきたくなる。

「なんだかなぁ。」と心のなかでつぶやきながら洗面台を水拭きしていると、
客席のテーブルや椅子が軽くぶつかる音が聞こえてきた。
一緒に働くウェイトレスの吉川さんが客席まわりの掃除をしているのだ。


洗面台の水拭きから、蛇口の金具磨きをはじめたところへ
バケツをもった吉川さんがトイレに入ってきた。
こちらに顔を合わせ、
「今日もよろしくお願いします。」と元気な調子で言った。
「おはようございまーす。よろしくお願いします。」
作業の手を休めることをしなかったが、つられて調子良く答えた。

彼女はいつも元気な調子で声をかけてくれる。
調子の悪い時はないのかと思うくらい。その調子はいつもかわらない。
店内に客がいる時も、店を閉めて作業している時もその調子は同じだ。

「吉川さんは家に帰っても、そんな調子なんですか?」
「えー、そうなんです。よくほかの人にも聞かれますよ。」
笑いながら答えた。

蛇口の水垢もきれいに拭き取ると、磨いている自分の顔が映り込み
自分の心の曇りもとれていくように思えた。

誰がために糞をする

1972年ストックホルムで国際環境会議が開かれたことは歴史的史実でしかなっくなった。
いまや二酸化炭素の規制どころか、人間の排泄物が注目され、
良質な人糞は高価な値段で取り引きされるようになった。

人間が一生のうちに排出する人糞は3トンから4トン前後といわれ、
そのうちどれだけ質の高い排泄物をするかが、個人の財を築く指標にまでなっている。

おかげで農薬や化学肥料が手に入らないアフリカの貧しい国々の現金収入は飛躍的に伸び、貧困脱出の糸口になっている。
遥か昔マンゾー二という美術家が自分の排泄物を缶詰にした作品をつくり話題となったが、もはや不可思議な美術の世界だけの話ではなく、一般的なはなしとなった。話題づくりに有名人の排泄物は高価に取り引きされ、恥ずかしいことでもなくなり、人糞市場は活況を呈している。高級な人糞をするためのハウトゥー本まで出版されている。人々は高級な排泄物をするためにできるだけ良質の食事をしている。

この世に生まれてきた人類の使命とは良質の排せつをするため、といっても過言ではなくなったのだ。
人間の全ての細胞が7~8年で入れ替わるということで、7、8年かけて良質な食事を心がけ、愛する人に自分の排泄物を送るというのも流行り、いまでは最高の愛のあかしといわれている。


・・・・・・・そんなわけないか。

いまのところ日本人の排泄物は、食生活から見て添加物、抗生物質、農薬、保存料なんかで汚染され尽くしていて、ヤバいものであることは間違いなさそうだ。

愛していることを考え過ぎた

彼女は僕を「好きだ。」と言った。僕も彼女を「好きだ。」と言った。

ただ彼女は僕が思うほど過去や未来や今の二人の関係を
注意深く読み解こうとなどとしていなかった。
というよりも、彼女には読み解こうという発想すらなかったのだ。

彼女は、ただありのままの出来事、現象を受け止めるだけだった。
そのことに気付かされると、目の前に現れる彼女の行動や自分の行動に
あれやこれやと意味を求めていたことが滑稽に思えた。

僕は彼女の直に現実を、二人の関係を、受け止める強さにはかなわないと思った。
それは二人の関係がうまくいってようが、うまくいってなかろうが、
関係なく力強いものなのだろう。

ただ僕は、僕の目の前にあるかわいらしい強さを守りたいと思うことだけが
実感だったのだが、その僕の実感が彼女に伝わっているかは分からない。
いつでも僕は彼女のことを考え過ぎているのだ、実感だけでいいはずなのに。