外部との通信手段がないと困るのが映画だ。
新作映画が観られない。
75年前を最後に新作映画は観ていない。
映画マニアにとって最大の苦痛だ。
楽しみにしていたシリーズ映画の続編を観てみたい。
人気が衰えていなければ、その後50本以上は作られているはずだ。
超大作映画『異次元ワールド三部作』の最終章も観られないままになっている。
好きだった監督や役者のその後の作品も観てみたい。
きっとたくさんの名作、傑作、大作、珍品映画が出来ているに違いない。
186年後を思うとたまらく待ちどおしくなる。
ところでこの宇宙船には約600万本の映画データーが保管されている。
お望みとあらば〇〇惑星3000年の映画史を堪能することができる。
そこにはあらゆる国の名作、傑作、大作、珍品映画がそろっている。
新作映画が恋しくなったときはかならず古典映画を観ることにしている。
古きものから新しさを見出すのも映画の美点である。
宇宙の辺境を航行する準光速船には通信手段がない。
少なくともあと186年間は外界との交信ができない。
現代の科学技術をもってしても、光速を超える航行やワープ航行は実現しきれていない。
一部で理論的に確立されつつあるという噂は聞いたことがあるが、その後どうなったのか。
なにしろ我が惑星との通信が途絶えて75年が経過する。
惑星上でいうと400年の時が経過したことになる。
もしかすると光速を超える通信手段くらいは開発されているのかもしれない。
ある日、音の途絶えた受信機に知人からのメッセージが舞い込んでくる。
「ゲンキニシテイルカ。ワープコウコウカンセイマジカニナッタ。オマエノフネマデアソビニクルゾ」
なんてことを想像したりする。
ときどき無性に惑星が恋しくなる。
昨日、息子と船釣りに出かけた。
釣果はいまいちだったが波が穏やかでいい釣りだった。
条件設定は以下の通り。
釣場:〇〇惑星〇〇地区〇〇湾沖、水深50mの岩礁帯。
環境:〇〇〇〇年〇〇月、晩秋の大潮、天候晴れ、波1.0mの凪。
時間:AM6:00からPM2:00まで。
仕掛:電動リール+五目釣り仕掛一式。
餌:オキアミ。
仮想現実をあなどるなかれ。
もしやディスプレーゲームなどを連想されてはいまいか。
それはまったくもって別次元の世界である。
紙飛行機と超音速機くらいの開きがある。
単にリアリティーだけの違いではない。
たとえばこの釣り、釣り上げた魚はすべて本物である。
釣り針に掛かった魚は海中で即座にデーター処理され、海面から上がってくるときには
本物の活きのいい魚となっている。
釣り針を外した魚は船の上で水しぶきを上げて勢いよく跳ねまわる。
ヘタなつかみ方をすると怪我をすることもある。
魚が本物なら怪我も本物。
血が出ておもいっきり痛い思いをすることになる。
現実同様ハードであるからこそ、釣り上げたときの嬉しさは一塩である。
しかも、釣り上げた魚は本物だから食べて美味しい。
持ち帰っての楽しみにもなる。
ちなみに、釣りの対象魚のデーターは2万種類ある。
それに大きさとかの個体別の種類が魚種ごとに100から1000タイプ存在している。
一般大衆魚はもちろんのこと、大物高級魚から餌盗りの外道、毒のある危険魚までいる。
リールを巻き上げるときのワクワク感がたまらない。
状況に応じてどんな魚が掛かってくるか分らない。
実にスリリングである。
ただし、釣果も悲しいくらいに現実的である。
ボウズのときもたびたびある。
遊びとはいえ、そうそう甘くはないのである。
この宇宙船は貨物船を改造して造られている。
そのため広さにはちょいとばかし余裕がある。
住空間だけでも巾7m×長さ38mもある。
六人家族の平均的住宅スペースの約2倍といったところだ。
それ以外にも小型のスポーツジムとシアターがある。
スポーツジムは巾7m×長さ12m、シアターは巾5m×長さ9mある。
操縦室、研究室、資料室、機械室、倉庫まで入れると約1500㎡の広さになる。
船内を一周するだけでもいい運動になる。
本来の恒星間飛行は長期間睡眠に頼っているため船内のスペースはいたって狭苦
しいものとなっている。
そのため乗組員は降船後長期にわたる心身のリハビリが必要とされる。
また、リハビリが終っても約7%の乗組員になんらかのトラウマが残るといわれている。
トラウマの症状は様々だが、トラウマ患者の実に8割が降船後三年以内に自殺してい
るという驚くべき報告がある。
その原因が長期間の飛行そのものによるのか、あるいは長期間の睡眠によるのか、
今のところ確実なことは分っていない。
そんなこともあって、この宇宙船は贅沢な広さとなっている。
極力、長期間睡眠に頼らず、惑星での生活に近いライフスタイルを送れるような
住環境を造っている。
なのにペットがいないのはおかしい、というのが息子の言い分である。