《榎本くるみ》ニュー・シングル有線チャート急上昇中☆
12/19シングル3部作の第2弾「夕陽が丘/みんな元気」をリリースするに話題のシンガー・ソング・ライター、榎本くるみ
http://www.kurumiweb.com/
現在、このうち「夕陽が丘」にリクエストが殺到しており、有線チャート13位まで駆け上がっているという。
同楽曲は涙する歌詞世界はもちろんのこと、ヘヴィーなギター・サウンドと耳に残るメロディーの相性が抜群で、一度聴いたら忘れられないエモーショナル・ナンバー。
来年2月には3作目となる
「未来記念日」
の発売を控えている。
また、現在FM FESTIVAL"RADIO AWARD IN JAPAN LIFE MUSIC 2007"の『BEST VOICE OF LIFE』(WOMEN)部門に榎本くるみの4thシングル「愛すべき人」が、YUI、Cocco、アンジェラ・アキ、絢香と共に最終ノミネート。
今まさに最終投票中なので、気になる方はコチラ
http://fes.jfn.co.jp/final.php
をチェックしなよベイベ☆
さらに、12/31(月)には幕張メッセで開催される
『"COUNTDOWN JAPAN FES07/08"』
にも出演する、くるみちゃんを激しくチェックだぜベイベ☆
------------
●榎本くるみインタビュー(長いから暇な人は読んでね。笑)
--これまでのミュージックライフの歴史についてまずお話を聞かせてください。
で、最初にお聞きしたいのが、榎本さんが音楽に目覚めたキッカケなんですが。
★くるみ:
幼い頃から音楽は身近にあって。クラシックだったり、ジャズだったり、ポップスだったり、ロックだったり、いろんな音楽をウチの母親が聴いていたので、ふとしたときにいつでも音楽がそこにあって、自然とそれを聴きながらいろいろ口ずさんだりしている内に気付いたら音楽が好きになってて。
家にピアノがあったのでそれを弾きながらその当時流行っていた音楽を歌うようになってましたね。
--自発的に「これいいな」と思ってCDを買いだしたのは?
★くるみ:
小学校5年生ぐらいのとき。ビルボードのトップ10に入るような音楽がすごく好きで、中でもマドンナがすごく好きだったんですけど。
そこから自分が好きな音楽をCD屋さんに行って、自分のお小遣いで買ったり。
--そんな榎本さんが本格的にアーティスを目指すキッカケはなんですか?
★くるみ:
本格的に音楽をやりだしたのは19才の時からです。
--最初の頃はどんな曲をよく作っていたりしたんですか?
★くるみ:
暗い曲が好きで、スコットランド民謡みたいな感じの、ファとシがないような感じのマイナーな音が好きで、そういう曲ばかり作ってましたね。
どちらかと言うと今よりも「現実から逃避したい」っていう気持ちだったり、「もうこの世の中は絶望的だ。自分も絶望的な人間で、ここから抜け出すことはもうできない」みたいな感覚がその頃は強かったんです。
初めて作った曲は『幻』っていう題名の曲なんですけど、それは正にそんな感じの曲で。
多分その頃って「幸せになりたい」とも思ってなかったのかもしれないし、「幸せなんて望めない」とも思っていたかもしれないし、そこから「実は自分は幸せになりたかったんだ」という気持ちに到達することができたというか、やっとの思いでそういう自分がいたっていうことに気付くことができたのは、最近のことで。
なのでそれまでは暗い曲ばかり書いていました(笑)。
--どんな状況が「幸せなんて求めても仕方がない」と思う自分を作り上げていたんですか?
★くるみ:
元々人って生まれたときから運命っていうのが決まってると思うんですよね。
運命は変えることはできても、生まれたときの姿や状況や環境までは変えることは自分ではできないじゃないですか。
で、私は自分の中に取り柄をどうしても探せなくって。
例えば、学校とか、そういう施設とかにいたら、得意なモノってみんな決まってくるじゃないですか。
体育が得意とか、数学が得意とか。
私はそいいうモノが一切なくって。
歌がうたえても、そんなに認められなかったり、あんまり評価されなかったりして。
そんな中でやっぱり劣等感っていうのはすごく積もっていって。
やってもやっても「みんなと同じところに行けない」っていう気持ちが生まれてきて、それが私を音楽へと走らせる結果となったというか、私の歌を生んだ。
「幸せになりたい」というのも遡ればそこから生まれたんだと思うし。
--「幸せなんて望めない」から「幸せになりたい」と明確にスウィッチすることができたキッカケは何だったの?
★くるみ:
やっぱり人との出逢いが一番大きかった。『RAINBOW DUST』もそうなんですけど、関わっているプロデューサーにたくさんの事を教えてもらいました。
自分は自分にしか認めることはできないと思うんですね。
自分が認めなかったら多分進むこともできないし。
認めていくこと、自分が今マイナスだとしても、そのすべてを認めていくことを少しずつでもできたらいいんじゃないか。そういうことに少しずつ気付き始めてきて。で、『RAINBOW DUST』っていう曲では、そういうことを自分だけじゃなくって他の人にもメッセージしていくというか、「あなたに幸せでいてほしい」っていう気持ちが、自分の幸せを認めることによって、生まれる機会になってくれたらいいなと思って。
--出逢いや出来事によって、自分の中から生まれてくるモノが前を向き出して、今はそれが外に向かいだしてるという、すごく良い流れが出来てるんですね。
★くるみ:
そうですね。
--では、今は表現者をする上での心境っていうのは、すごく健康的な感じではあるんですか?
★くるみ:
そうですね。まだ飛び方はよく分からないというか、羽根を広げてサァ~ッと飛べるわけじゃないんですけど、羽根の広げ方をいろんな人たちに支えてもらえながら知っていってる感じはすごくしていて。
だから今は飛べると思ってるし、そのイメージは今自分の中にあるから、すごく健康的だとは思う。
やっぱり幸せになりたいんだと思います。
どこまで幸せになれるかはまだ分からないんですけど、「行けるとこまで行こう」っていう姿勢で、どんどん次に繋げていきたいなと思ってます。
--そんな理想的な環境下で発表することができたデビューシングル『心のカタチ』は、どんな想いを綴った楽曲だったんですか?
★くるみ:
一人で立ち始めた曲ですね。
それまでは「いろんな人に助けてもらわなきゃ生きていけない」っていう弱気な自分がいたんですけど、「信じるべきモノがあるんだ」っていう気持ちとか、「もっと自分の可能性を信じていいんじゃないか」っていう気持ちが芽生えたんで、そのために何をすればいいのかっていうことをいろいろと考えて。
で、本当に“誓い”というか、「こういうことを見つめていきたいな」っていう気持ちがすべて『心のカタチ』には組み込まれていて。
だから暴露ですね、『心のカタチ』は。
失敗を暴露しているというか。
なので、ある意味「怖いな」と聴いてて思われる曲でもあるんですよ。耳を塞ぎたくなるかもしれないし、もしかしたら。だけど私はこの曲の中で歌っていることを醜いモノだとは思わないし、そういう状況が人間はみんなどこかあると思うし、それを認めようっていう曲だから。
私はそれを歌って次に繋げることが出来ました。
http://www.kurumiweb.com/
現在、このうち「夕陽が丘」にリクエストが殺到しており、有線チャート13位まで駆け上がっているという。
同楽曲は涙する歌詞世界はもちろんのこと、ヘヴィーなギター・サウンドと耳に残るメロディーの相性が抜群で、一度聴いたら忘れられないエモーショナル・ナンバー。
来年2月には3作目となる
「未来記念日」
の発売を控えている。
また、現在FM FESTIVAL"RADIO AWARD IN JAPAN LIFE MUSIC 2007"の『BEST VOICE OF LIFE』(WOMEN)部門に榎本くるみの4thシングル「愛すべき人」が、YUI、Cocco、アンジェラ・アキ、絢香と共に最終ノミネート。
今まさに最終投票中なので、気になる方はコチラ
http://fes.jfn.co.jp/final.php
をチェックしなよベイベ☆
さらに、12/31(月)には幕張メッセで開催される
『"COUNTDOWN JAPAN FES07/08"』
にも出演する、くるみちゃんを激しくチェックだぜベイベ☆
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●榎本くるみインタビュー(長いから暇な人は読んでね。笑)
--これまでのミュージックライフの歴史についてまずお話を聞かせてください。
で、最初にお聞きしたいのが、榎本さんが音楽に目覚めたキッカケなんですが。
★くるみ:
幼い頃から音楽は身近にあって。クラシックだったり、ジャズだったり、ポップスだったり、ロックだったり、いろんな音楽をウチの母親が聴いていたので、ふとしたときにいつでも音楽がそこにあって、自然とそれを聴きながらいろいろ口ずさんだりしている内に気付いたら音楽が好きになってて。
家にピアノがあったのでそれを弾きながらその当時流行っていた音楽を歌うようになってましたね。
--自発的に「これいいな」と思ってCDを買いだしたのは?
★くるみ:
小学校5年生ぐらいのとき。ビルボードのトップ10に入るような音楽がすごく好きで、中でもマドンナがすごく好きだったんですけど。
そこから自分が好きな音楽をCD屋さんに行って、自分のお小遣いで買ったり。
--そんな榎本さんが本格的にアーティスを目指すキッカケはなんですか?
★くるみ:
本格的に音楽をやりだしたのは19才の時からです。
--最初の頃はどんな曲をよく作っていたりしたんですか?
★くるみ:
暗い曲が好きで、スコットランド民謡みたいな感じの、ファとシがないような感じのマイナーな音が好きで、そういう曲ばかり作ってましたね。
どちらかと言うと今よりも「現実から逃避したい」っていう気持ちだったり、「もうこの世の中は絶望的だ。自分も絶望的な人間で、ここから抜け出すことはもうできない」みたいな感覚がその頃は強かったんです。
初めて作った曲は『幻』っていう題名の曲なんですけど、それは正にそんな感じの曲で。
多分その頃って「幸せになりたい」とも思ってなかったのかもしれないし、「幸せなんて望めない」とも思っていたかもしれないし、そこから「実は自分は幸せになりたかったんだ」という気持ちに到達することができたというか、やっとの思いでそういう自分がいたっていうことに気付くことができたのは、最近のことで。
なのでそれまでは暗い曲ばかり書いていました(笑)。
--どんな状況が「幸せなんて求めても仕方がない」と思う自分を作り上げていたんですか?
★くるみ:
元々人って生まれたときから運命っていうのが決まってると思うんですよね。
運命は変えることはできても、生まれたときの姿や状況や環境までは変えることは自分ではできないじゃないですか。
で、私は自分の中に取り柄をどうしても探せなくって。
例えば、学校とか、そういう施設とかにいたら、得意なモノってみんな決まってくるじゃないですか。
体育が得意とか、数学が得意とか。
私はそいいうモノが一切なくって。
歌がうたえても、そんなに認められなかったり、あんまり評価されなかったりして。
そんな中でやっぱり劣等感っていうのはすごく積もっていって。
やってもやっても「みんなと同じところに行けない」っていう気持ちが生まれてきて、それが私を音楽へと走らせる結果となったというか、私の歌を生んだ。
「幸せになりたい」というのも遡ればそこから生まれたんだと思うし。
--「幸せなんて望めない」から「幸せになりたい」と明確にスウィッチすることができたキッカケは何だったの?
★くるみ:
やっぱり人との出逢いが一番大きかった。『RAINBOW DUST』もそうなんですけど、関わっているプロデューサーにたくさんの事を教えてもらいました。
自分は自分にしか認めることはできないと思うんですね。
自分が認めなかったら多分進むこともできないし。
認めていくこと、自分が今マイナスだとしても、そのすべてを認めていくことを少しずつでもできたらいいんじゃないか。そういうことに少しずつ気付き始めてきて。で、『RAINBOW DUST』っていう曲では、そういうことを自分だけじゃなくって他の人にもメッセージしていくというか、「あなたに幸せでいてほしい」っていう気持ちが、自分の幸せを認めることによって、生まれる機会になってくれたらいいなと思って。
--出逢いや出来事によって、自分の中から生まれてくるモノが前を向き出して、今はそれが外に向かいだしてるという、すごく良い流れが出来てるんですね。
★くるみ:
そうですね。
--では、今は表現者をする上での心境っていうのは、すごく健康的な感じではあるんですか?
★くるみ:
そうですね。まだ飛び方はよく分からないというか、羽根を広げてサァ~ッと飛べるわけじゃないんですけど、羽根の広げ方をいろんな人たちに支えてもらえながら知っていってる感じはすごくしていて。
だから今は飛べると思ってるし、そのイメージは今自分の中にあるから、すごく健康的だとは思う。
やっぱり幸せになりたいんだと思います。
どこまで幸せになれるかはまだ分からないんですけど、「行けるとこまで行こう」っていう姿勢で、どんどん次に繋げていきたいなと思ってます。
--そんな理想的な環境下で発表することができたデビューシングル『心のカタチ』は、どんな想いを綴った楽曲だったんですか?
★くるみ:
一人で立ち始めた曲ですね。
それまでは「いろんな人に助けてもらわなきゃ生きていけない」っていう弱気な自分がいたんですけど、「信じるべきモノがあるんだ」っていう気持ちとか、「もっと自分の可能性を信じていいんじゃないか」っていう気持ちが芽生えたんで、そのために何をすればいいのかっていうことをいろいろと考えて。
で、本当に“誓い”というか、「こういうことを見つめていきたいな」っていう気持ちがすべて『心のカタチ』には組み込まれていて。
だから暴露ですね、『心のカタチ』は。
失敗を暴露しているというか。
なので、ある意味「怖いな」と聴いてて思われる曲でもあるんですよ。耳を塞ぎたくなるかもしれないし、もしかしたら。だけど私はこの曲の中で歌っていることを醜いモノだとは思わないし、そういう状況が人間はみんなどこかあると思うし、それを認めようっていう曲だから。
私はそれを歌って次に繋げることが出来ました。


