確定
※写真、林真須美被告=平成10年
『毒カレー事件、林真須美被告の死刑確定へ…最高裁が上告棄却』
1998年に4人が死亡した和歌山市の毒物カレー事件で殺人罪などに問われ、1、2審で死刑判決を受けた元保険外交員・林真須美被告(47)の上告審判決が21日、最高裁第3小法廷であった。
那須弘平裁判長は…
「食物に毒物を混入した無差別の大量殺傷は極めて悪質で卑劣、残忍。社会に与えた衝撃も甚大で、死刑を是認せざるを得ない」
と述べ、林被告の上告を棄却した。
林被告の死刑が確定する。
同小法廷の裁判官5人による全員一致の意見。
◇
林真須美被告に対する殺人、殺人未遂、詐欺事件の判決は次の通り。
【主文】
本件上告を棄却する。
【理由】
弁護人安田好弘ほかの上告趣意のうち、判例違反をいう点は、事案を異にする判例を引用するものであって、本件に適切でなく、その余は、憲法違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法405条の上告理由に当たらない。
なお、所論にかんがみ記録を精査しても、本件につき、刑訴法411条を適用すべきものとは認められない。
すなわち、原判決の是認する第1審判示第1の殺人、殺人未遂の事実は、自治会の夏祭りに際して、参加者に提供されるカレーの入った鍋に猛毒の亜砒酸を大量に混入し、 同カレーを食した住民ら67名を急性砒素中毒にり患させ、うち4名を殺害したが、その余の63名については死亡させるに至らなかったという事案(以下「カレー毒物混入事件」という)であるところ、被告人がその犯人であることは
(1)上記カレーに混入されたものと組成上の特徴を同じくする亜砒酸が、被告人の自宅などから発見されていること
(2)被告人の頭髪からも高濃度の砒素が検出されており、その付着状況から被告人が亜砒酸などを取り扱っていたと推認できること
(3)上記夏祭り当日、被告人のみが上記カレーの入った鍋に亜砒酸をひそかに混入する機会を有しており、その際、被告人が調理済みのカレーの入った鍋のふたを開けるなどの不審な挙動をしていたことも目撃されていることなどを総合することによって、合理的な疑いを差し挟む余地のない程度に証明されていると認められる(なお、カレー毒物混入事件の犯行動機が解明されていないことは、被告人が同事件の犯人であるとの認定を左右するものではない)。
また、その余の事実についても、被告人の犯行(一部は夫、健治との共謀による犯行)と認めた第1審判決を是認した原判決は、正当として是認することができる。
本件は、上記カレー毒物混入事件のほか、いわゆる保険金詐欺にかかる殺人未遂事件および詐欺からなる事案であるところ、とりわけ、食物に毒物を混入して無差別の大量殺傷を敢行したカレー毒物混入事件の罪質は極めて悪く、態様の卑劣さ、残忍さも論をまたない。
殺害された被害者は、夏祭りを主催した自治会の会長(当時64歳の男性)および副会長(同53歳の男性)と、女子高生(同16歳)および小学生の男児(同10歳)であるが、いずれも何ら落ち度がないのに、楽しいはずの夏祭りの最中、突如として前途を断たれたものであって、その無念さは察するに余りある。
遺族らの処罰感情が極めて厳しいのは当然のことである。
また、最悪の事態は免れたものの、生死の境をさまよった重症者も多数に及び、その中には長期間後遺症に苦しんでいる者も存するのであって、その結果は誠に重大であるところ、同事件が、地域社会はもとより、社会一般に与えた衝撃も甚大であるといわなければならない。
そして、被告人は、カレー毒物毒物混入事件に先立ち、長年にわたり保険金詐欺にかかる殺人未遂などの各犯行にも及んでいたのであって、その犯罪性向は根深いものと断ぜざるを得ない。
しかるに、被告人は詐欺事件の一部を認めるものの、カレー毒物混入事件を含むその余の大半の事件については関与を全面的に否認して反省の態度を全く示しておらず、カレー毒物混入事件の遺族や被害者らに対して、慰謝の措置を一切講じていない。
以上のような犯情などに照らせば、被告人の刑事責任は極めて重大であるというほかないから、カレー毒物混入事件における殺意が未必的なものにとどまること、前科がないことなど、被告人のために酌むべき事情を最大限考慮しても、原判決が維持した第1審判決の死刑の科刑は、当裁判所も是認せざるを得ない。
よって、刑訴法414条、396条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
平成21年4月21日
最高裁判所第3小法廷
◇
『夫健治さん「判決、予期していた…」』
林真須美被告(47)の夫健治さん(63)は21日、和歌山市内の自宅アパートで判決を待った。
午後3時過ぎ、死刑判決を伝えるテレビニュースが流れると、「予期していた」と落ち着いた表情で口を開いた。
『真須美が、手の届かんとこへ行ってしまった感じ』
とも語った。
『無罪確信変わらず=「今後も支える」-林被告の夫』
林真須美被告(47)の夫(63)は21日、和歌山市の自宅で取材に応じ…
『無罪を確信する気持ちに変わりはない。真須美は犯人ではない』
と語った。
◇
和歌山市で98年に起きた毒物カレー事件で、最高裁判決後、大阪市の大阪拘置所で、拘置中の林真須美被告に面会した弁護団の小田幸児弁護士は、林被告が…
『いちるの望みを持っていたのに残念。再審で頑張るので、今日が新たなスタート』
と語ったことを明らかにした。
小田弁護士によると、接見は20~30分間…
「上告棄却でした」
と告げると、林被告はまっすぐ小田弁護士を見つめたまま、残念そうに…
『自分は無実。なんで自分がこんな判決を受けなければいけないのか』
『国に殺されたくない。あくまでも戦う』
と再審への決意を示したが、被害者に向けた言葉はなかったという…。
林被告が21日、弁護団を通じて出した「メッセージ」(抜粋)は次の通り。
『私は殺人の犯人ではありません。真犯人は別にいます』
『根拠がこんなにも薄弱にもかかわらず、どうして死刑にならなければならないのでしょうか』
『もうすぐ裁判員制度が始まりますが、同制度でも私は死刑になるのでしょうか』
『1男3女の母親としてえん罪を晴らすために渾身(こんしん)の努力をしていきたい』
◇
『毒物カレー事件 当時の捜査1課長「日本警察の威信かけた」』
和歌山の毒物カレー事件で、捜査で陣頭指揮をとった当時の和歌山県警捜査1課長、野村剛士さん(65)は…
『日本警察の威信をかけた捜査だった』
と振り返った。
『カレーを食べた人が次々と病院に搬送されている』
事件の一報を聞いたとき、単なる食中毒ではなく事件の可能性もあると考え、100人体制での現場保存を指示。
この初動捜査が、後に功を奏した。
『ゴミ袋から見つけた紙コップから、後にヒ素が検出された。それどころか、あやうくカレー鍋も片づけられるところだった』
2カ月後の真須美被告宅の捜索で押収したプラスチック容器からは、たった7粒だけヒ素粉末が発見された。
これらのヒ素が
SPring-8
でカレーに混入されたヒ素と同一製品だと鑑定されたとき
「これで勝った」
と思った。
まるで戦争のような日々。
その過程では“戦死者”もいた。
この年の9月2日に47歳で亡くなった村井常弘警視。過労死だった。
『彼を亡くしたことを指揮官として一生悔やむと思う』
平成14年12月の1審判決は刑事部長室で聞いた。
『現役のうちに判決を聞くことができて感無量だった』
翌年2月、定年まで1年を残し退職。
上告審判決を迎え…
『大きな節目であることは確か。でも被害を受けられた方のことを思うと、事件は決して終わらないのだと思う』
と話した。
◇
和歌山カレー毒物混入事件で亡くなった4人のうち3人の遺族たちが、最高裁の傍聴席で、林真須美被告への判決を聞いた。
死刑を維持する言い渡しが終わると、多くが涙を流し、裁判官に頭を下げ、うなずき合った。
99年5月の初公判から10年近く。
自治会長だった夫の孝寿さん(当時64)を亡くした谷中千鶴子さん(72)は、当時のままの夫の遺影に比べ、自分だけがどんどん年をとっていくのを感じてきた。
孝寿さんは事件が起きた夏祭りの責任者で、吐きながら苦しむ他の住民らを先に送り出し、最後に救急車に乗って、翌日未明に亡くなった。
自分が何に巻き込まれたのかも、知らないままだった。
公判で犯行の動機は明らかにならず…
「なぜ事件が起きたのか、お父さんに言えないのがつらい」
という気持ちをずっと抱えてきた。
高校1年だった長女の幸(みゆき)さん(当時16)を亡くした鳥居百合江さん(58)は、読書や編み物をするとき、幸さんの部屋のベッドの上で過ごしてきた。
幸さんが好きだった人気ロックグループのカレンダーが示す月は、事件のあった98年の7月のまま。
高校の制服を今もハンガーにかけてつるしている。
本好きで図書委員をしていた幸さんを思い、誕生日に合わせて毎年、通っていた私立開智高校(和歌山市)に図書カードを贈ってきた。
高校の図書館の
「みゆき文庫」
は、他の保護者からの寄贈も合わせ578冊に増えた。
小学校4年生だった長男の大貴(ひろたか)君(当時10)を亡くした林雄二さん(54)は、墓をつくらず、遺骨を自宅に置いてきた。
大貴君は生き物や自然が大好きで、生命を大切にする少年だった。
人に対して「ありがとう」の言葉が言える子どもだった。
◇
谷中さん、鳥居さん、林さんの3人は閉廷後にそろって記者会見した。
谷中さんは…
『帰ってすぐ、仏前に報告したい。気持ちの整理は少しはできると思うが、悔しさは一生続く』
林さんは…
『当然の結果。再審請求せずに速やかに判決に従ってほしい』
と話し
『息子は10歳余りで死んだ。無念さを一生忘れることはない』
と続けた。
鳥居さんは…
『(犯行の)動機を聞けないままでは、あの子が逝ってしまったことを、とても受け入れることができない』
と目を潤ませた。
『毒カレー事件、林真須美被告の死刑確定へ…最高裁が上告棄却』
1998年に4人が死亡した和歌山市の毒物カレー事件で殺人罪などに問われ、1、2審で死刑判決を受けた元保険外交員・林真須美被告(47)の上告審判決が21日、最高裁第3小法廷であった。
那須弘平裁判長は…
「食物に毒物を混入した無差別の大量殺傷は極めて悪質で卑劣、残忍。社会に与えた衝撃も甚大で、死刑を是認せざるを得ない」
と述べ、林被告の上告を棄却した。
林被告の死刑が確定する。
同小法廷の裁判官5人による全員一致の意見。
◇
林真須美被告に対する殺人、殺人未遂、詐欺事件の判決は次の通り。
【主文】
本件上告を棄却する。
【理由】
弁護人安田好弘ほかの上告趣意のうち、判例違反をいう点は、事案を異にする判例を引用するものであって、本件に適切でなく、その余は、憲法違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法405条の上告理由に当たらない。
なお、所論にかんがみ記録を精査しても、本件につき、刑訴法411条を適用すべきものとは認められない。
すなわち、原判決の是認する第1審判示第1の殺人、殺人未遂の事実は、自治会の夏祭りに際して、参加者に提供されるカレーの入った鍋に猛毒の亜砒酸を大量に混入し、 同カレーを食した住民ら67名を急性砒素中毒にり患させ、うち4名を殺害したが、その余の63名については死亡させるに至らなかったという事案(以下「カレー毒物混入事件」という)であるところ、被告人がその犯人であることは
(1)上記カレーに混入されたものと組成上の特徴を同じくする亜砒酸が、被告人の自宅などから発見されていること
(2)被告人の頭髪からも高濃度の砒素が検出されており、その付着状況から被告人が亜砒酸などを取り扱っていたと推認できること
(3)上記夏祭り当日、被告人のみが上記カレーの入った鍋に亜砒酸をひそかに混入する機会を有しており、その際、被告人が調理済みのカレーの入った鍋のふたを開けるなどの不審な挙動をしていたことも目撃されていることなどを総合することによって、合理的な疑いを差し挟む余地のない程度に証明されていると認められる(なお、カレー毒物混入事件の犯行動機が解明されていないことは、被告人が同事件の犯人であるとの認定を左右するものではない)。
また、その余の事実についても、被告人の犯行(一部は夫、健治との共謀による犯行)と認めた第1審判決を是認した原判決は、正当として是認することができる。
本件は、上記カレー毒物混入事件のほか、いわゆる保険金詐欺にかかる殺人未遂事件および詐欺からなる事案であるところ、とりわけ、食物に毒物を混入して無差別の大量殺傷を敢行したカレー毒物混入事件の罪質は極めて悪く、態様の卑劣さ、残忍さも論をまたない。
殺害された被害者は、夏祭りを主催した自治会の会長(当時64歳の男性)および副会長(同53歳の男性)と、女子高生(同16歳)および小学生の男児(同10歳)であるが、いずれも何ら落ち度がないのに、楽しいはずの夏祭りの最中、突如として前途を断たれたものであって、その無念さは察するに余りある。
遺族らの処罰感情が極めて厳しいのは当然のことである。
また、最悪の事態は免れたものの、生死の境をさまよった重症者も多数に及び、その中には長期間後遺症に苦しんでいる者も存するのであって、その結果は誠に重大であるところ、同事件が、地域社会はもとより、社会一般に与えた衝撃も甚大であるといわなければならない。
そして、被告人は、カレー毒物毒物混入事件に先立ち、長年にわたり保険金詐欺にかかる殺人未遂などの各犯行にも及んでいたのであって、その犯罪性向は根深いものと断ぜざるを得ない。
しかるに、被告人は詐欺事件の一部を認めるものの、カレー毒物混入事件を含むその余の大半の事件については関与を全面的に否認して反省の態度を全く示しておらず、カレー毒物混入事件の遺族や被害者らに対して、慰謝の措置を一切講じていない。
以上のような犯情などに照らせば、被告人の刑事責任は極めて重大であるというほかないから、カレー毒物混入事件における殺意が未必的なものにとどまること、前科がないことなど、被告人のために酌むべき事情を最大限考慮しても、原判決が維持した第1審判決の死刑の科刑は、当裁判所も是認せざるを得ない。
よって、刑訴法414条、396条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
平成21年4月21日
最高裁判所第3小法廷
◇
『夫健治さん「判決、予期していた…」』
林真須美被告(47)の夫健治さん(63)は21日、和歌山市内の自宅アパートで判決を待った。
午後3時過ぎ、死刑判決を伝えるテレビニュースが流れると、「予期していた」と落ち着いた表情で口を開いた。
『真須美が、手の届かんとこへ行ってしまった感じ』
とも語った。
『無罪確信変わらず=「今後も支える」-林被告の夫』
林真須美被告(47)の夫(63)は21日、和歌山市の自宅で取材に応じ…
『無罪を確信する気持ちに変わりはない。真須美は犯人ではない』
と語った。
◇
和歌山市で98年に起きた毒物カレー事件で、最高裁判決後、大阪市の大阪拘置所で、拘置中の林真須美被告に面会した弁護団の小田幸児弁護士は、林被告が…
『いちるの望みを持っていたのに残念。再審で頑張るので、今日が新たなスタート』
と語ったことを明らかにした。
小田弁護士によると、接見は20~30分間…
「上告棄却でした」
と告げると、林被告はまっすぐ小田弁護士を見つめたまま、残念そうに…
『自分は無実。なんで自分がこんな判決を受けなければいけないのか』
『国に殺されたくない。あくまでも戦う』
と再審への決意を示したが、被害者に向けた言葉はなかったという…。
林被告が21日、弁護団を通じて出した「メッセージ」(抜粋)は次の通り。
『私は殺人の犯人ではありません。真犯人は別にいます』
『根拠がこんなにも薄弱にもかかわらず、どうして死刑にならなければならないのでしょうか』
『もうすぐ裁判員制度が始まりますが、同制度でも私は死刑になるのでしょうか』
『1男3女の母親としてえん罪を晴らすために渾身(こんしん)の努力をしていきたい』
◇
『毒物カレー事件 当時の捜査1課長「日本警察の威信かけた」』
和歌山の毒物カレー事件で、捜査で陣頭指揮をとった当時の和歌山県警捜査1課長、野村剛士さん(65)は…
『日本警察の威信をかけた捜査だった』
と振り返った。
『カレーを食べた人が次々と病院に搬送されている』
事件の一報を聞いたとき、単なる食中毒ではなく事件の可能性もあると考え、100人体制での現場保存を指示。
この初動捜査が、後に功を奏した。
『ゴミ袋から見つけた紙コップから、後にヒ素が検出された。それどころか、あやうくカレー鍋も片づけられるところだった』
2カ月後の真須美被告宅の捜索で押収したプラスチック容器からは、たった7粒だけヒ素粉末が発見された。
これらのヒ素が
SPring-8
でカレーに混入されたヒ素と同一製品だと鑑定されたとき
「これで勝った」
と思った。
まるで戦争のような日々。
その過程では“戦死者”もいた。
この年の9月2日に47歳で亡くなった村井常弘警視。過労死だった。
『彼を亡くしたことを指揮官として一生悔やむと思う』
平成14年12月の1審判決は刑事部長室で聞いた。
『現役のうちに判決を聞くことができて感無量だった』
翌年2月、定年まで1年を残し退職。
上告審判決を迎え…
『大きな節目であることは確か。でも被害を受けられた方のことを思うと、事件は決して終わらないのだと思う』
と話した。
◇
和歌山カレー毒物混入事件で亡くなった4人のうち3人の遺族たちが、最高裁の傍聴席で、林真須美被告への判決を聞いた。
死刑を維持する言い渡しが終わると、多くが涙を流し、裁判官に頭を下げ、うなずき合った。
99年5月の初公判から10年近く。
自治会長だった夫の孝寿さん(当時64)を亡くした谷中千鶴子さん(72)は、当時のままの夫の遺影に比べ、自分だけがどんどん年をとっていくのを感じてきた。
孝寿さんは事件が起きた夏祭りの責任者で、吐きながら苦しむ他の住民らを先に送り出し、最後に救急車に乗って、翌日未明に亡くなった。
自分が何に巻き込まれたのかも、知らないままだった。
公判で犯行の動機は明らかにならず…
「なぜ事件が起きたのか、お父さんに言えないのがつらい」
という気持ちをずっと抱えてきた。
高校1年だった長女の幸(みゆき)さん(当時16)を亡くした鳥居百合江さん(58)は、読書や編み物をするとき、幸さんの部屋のベッドの上で過ごしてきた。
幸さんが好きだった人気ロックグループのカレンダーが示す月は、事件のあった98年の7月のまま。
高校の制服を今もハンガーにかけてつるしている。
本好きで図書委員をしていた幸さんを思い、誕生日に合わせて毎年、通っていた私立開智高校(和歌山市)に図書カードを贈ってきた。
高校の図書館の
「みゆき文庫」
は、他の保護者からの寄贈も合わせ578冊に増えた。
小学校4年生だった長男の大貴(ひろたか)君(当時10)を亡くした林雄二さん(54)は、墓をつくらず、遺骨を自宅に置いてきた。
大貴君は生き物や自然が大好きで、生命を大切にする少年だった。
人に対して「ありがとう」の言葉が言える子どもだった。
◇
谷中さん、鳥居さん、林さんの3人は閉廷後にそろって記者会見した。
谷中さんは…
『帰ってすぐ、仏前に報告したい。気持ちの整理は少しはできると思うが、悔しさは一生続く』
林さんは…
『当然の結果。再審請求せずに速やかに判決に従ってほしい』
と話し
『息子は10歳余りで死んだ。無念さを一生忘れることはない』
と続けた。
鳥居さんは…
『(犯行の)動機を聞けないままでは、あの子が逝ってしまったことを、とても受け入れることができない』
と目を潤ませた。
