大林監督会見!!『トンちゃん(峰岸徹)は最期まで映画人!!』
亡くなった俳優・峰岸徹(みねぎし・とおる、本名知夫=ともお)さん(享年65)の遺作となった映画
『その日のまえに』
(11月1日公開)の大林宣彦監督(70)が13日、都内にある事務所で会見を開いた。
峰岸さんは数多くの大林作品に出演しているとあって、会見場には多数の報道陣がつめかけた。
その前に姿を現した大林監督は、悲しみにくれるというよりは、思い出を慈しむような優しい表情で話し始めた。
『峰岸さんはね、子供の頃からトンちゃんって呼ばれていた。子供時代からの友達がそう呼んでいるのを聞いているうちに僕もトンちゃんと呼ぶようになっていた』
その"トンちゃん"の訃報を、大林監督は、亡くなってまもなく家族からの電話で知ったという。
そして次の日の朝、峰岸さんのもとを訪れた。
ガンで闘病を続けていることは、もちろん知っていた。それだけに大林監督は
『どんな苦痛に耐えた顔をしているのか怖かった…。ですが、行って顔をみると、穏やかな顔をしていたんです。皆さんご存知の峰岸さんの顔、役者の顔をしていた。愛すべきぶ男の…』
峰岸さんは、30年間で29本の大林作品に出た。
『1年に1本じゃないか』
あらためて、感慨深げなまなざしで思いをめぐらす大林監督。
29作目が、11月1日に公開される、遺作となった
『その日のまえに』
だ。峰岸さんは、キリッとして、凛と生きていた日本の男の役を演じている。
同作の編集をしているときに、どうしても峰岸さんに台詞を言わせたくなったという大林監督。
もともとお見舞いに行ったり、病気で寝ているのを見ることが嫌いという監督は、"撮影見舞い"と称し、キャメラを持って峰岸さんの家を7月末に訪れたという。
『起きろ、撮影だ!』
と、峰岸さんの自宅で小一時間ぐらいのロケをした。
そのとき峰岸さんにしゃべってもらった台詞は、主演の『南原清隆』(43)に
『大事にしなければいけないものを大事にしないとバチが当るぞ』
と語りかけるものだったという。
峰岸さんと大林監督の家は、実は近所にある。
そばを流れる野川という川のほとりを、よく峰岸さんは犬を連れて散歩をしたり、走ったりもしていた。
3年前に娘が嫁ぎ、昨年は母親が亡くなり、孫が生まれたという峰岸さん。
『たまたま野川を歩いていたら、峰岸さんと会ってね。「孫が生まれたんですよ。じじいになりましたね」なんて言っていました』
大林監督の作品に出たのをきっかけに『トライアスロン』を始めた峰岸さん。
『もともと走るのも好きだし、私も一緒に川を走ったりしましたよ。トンちゃん、ヨットも持っていたしね。ベッドのまわりには、トライアスロンのメダルがたくさん置いてあった』
また、峰岸さんが最初に出演した大林作品は77年の
『瞳のなかの訪問者』
だったが、天才ピアニストの役を演じるにあたり、峰岸さんの短かめな指で
『ピアニストできるのかな?』
と思っていたら
『2週間のあいだに練習を積み、ショパンの難しい曲を弾けるようになった。何年経っても、ずっとそれだけは弾けたんですよ。トンちゃんピアノ弾いてよ、というと必ずそれを弾いた。逆にいえば、それしか弾けなかったんだけど』
と、遠いまなざしで語る大林監督。
俳優としては
『全力疾走で倒れるまでやらないと気が済まない』
人だったそうだ。
『大酒を飲んで寝て、でも夜中にふっと起きて、「大林さん、ちょっとつき合ってください」と言って外へ出ると、明日のシーンはこういうふうに歩いて、こういうふうに演技したいんですけど、なんて言ってきた』
と、その役者ぶりが伝わるエピソードを。
監督がOKを出しても
『トンちゃんは本当にOKなのかな?もっともっとやりたいって顔をしていた』
という。
そんな峰岸さんに、最後になにか一言、ことばをかけてあげるとしたら?
と報道陣に問われると、大林監督はこう答えた…
『カット、OK! さぁ飲みに行こうか、と言ってあげたい』
俳優・峰岸徹さんとのお別れの悲しみを、ありったけの優しさにかえて言葉にした大林監督だった。
(::´Д`) { うるうる
『その日のまえに』
(11月1日公開)の大林宣彦監督(70)が13日、都内にある事務所で会見を開いた。
峰岸さんは数多くの大林作品に出演しているとあって、会見場には多数の報道陣がつめかけた。
その前に姿を現した大林監督は、悲しみにくれるというよりは、思い出を慈しむような優しい表情で話し始めた。
『峰岸さんはね、子供の頃からトンちゃんって呼ばれていた。子供時代からの友達がそう呼んでいるのを聞いているうちに僕もトンちゃんと呼ぶようになっていた』
その"トンちゃん"の訃報を、大林監督は、亡くなってまもなく家族からの電話で知ったという。
そして次の日の朝、峰岸さんのもとを訪れた。
ガンで闘病を続けていることは、もちろん知っていた。それだけに大林監督は
『どんな苦痛に耐えた顔をしているのか怖かった…。ですが、行って顔をみると、穏やかな顔をしていたんです。皆さんご存知の峰岸さんの顔、役者の顔をしていた。愛すべきぶ男の…』
峰岸さんは、30年間で29本の大林作品に出た。
『1年に1本じゃないか』
あらためて、感慨深げなまなざしで思いをめぐらす大林監督。
29作目が、11月1日に公開される、遺作となった
『その日のまえに』
だ。峰岸さんは、キリッとして、凛と生きていた日本の男の役を演じている。
同作の編集をしているときに、どうしても峰岸さんに台詞を言わせたくなったという大林監督。
もともとお見舞いに行ったり、病気で寝ているのを見ることが嫌いという監督は、"撮影見舞い"と称し、キャメラを持って峰岸さんの家を7月末に訪れたという。
『起きろ、撮影だ!』
と、峰岸さんの自宅で小一時間ぐらいのロケをした。
そのとき峰岸さんにしゃべってもらった台詞は、主演の『南原清隆』(43)に
『大事にしなければいけないものを大事にしないとバチが当るぞ』
と語りかけるものだったという。
峰岸さんと大林監督の家は、実は近所にある。
そばを流れる野川という川のほとりを、よく峰岸さんは犬を連れて散歩をしたり、走ったりもしていた。
3年前に娘が嫁ぎ、昨年は母親が亡くなり、孫が生まれたという峰岸さん。
『たまたま野川を歩いていたら、峰岸さんと会ってね。「孫が生まれたんですよ。じじいになりましたね」なんて言っていました』
大林監督の作品に出たのをきっかけに『トライアスロン』を始めた峰岸さん。
『もともと走るのも好きだし、私も一緒に川を走ったりしましたよ。トンちゃん、ヨットも持っていたしね。ベッドのまわりには、トライアスロンのメダルがたくさん置いてあった』
また、峰岸さんが最初に出演した大林作品は77年の
『瞳のなかの訪問者』
だったが、天才ピアニストの役を演じるにあたり、峰岸さんの短かめな指で
『ピアニストできるのかな?』
と思っていたら
『2週間のあいだに練習を積み、ショパンの難しい曲を弾けるようになった。何年経っても、ずっとそれだけは弾けたんですよ。トンちゃんピアノ弾いてよ、というと必ずそれを弾いた。逆にいえば、それしか弾けなかったんだけど』
と、遠いまなざしで語る大林監督。
俳優としては
『全力疾走で倒れるまでやらないと気が済まない』
人だったそうだ。
『大酒を飲んで寝て、でも夜中にふっと起きて、「大林さん、ちょっとつき合ってください」と言って外へ出ると、明日のシーンはこういうふうに歩いて、こういうふうに演技したいんですけど、なんて言ってきた』
と、その役者ぶりが伝わるエピソードを。
監督がOKを出しても
『トンちゃんは本当にOKなのかな?もっともっとやりたいって顔をしていた』
という。
そんな峰岸さんに、最後になにか一言、ことばをかけてあげるとしたら?
と報道陣に問われると、大林監督はこう答えた…
『カット、OK! さぁ飲みに行こうか、と言ってあげたい』
俳優・峰岸徹さんとのお別れの悲しみを、ありったけの優しさにかえて言葉にした大林監督だった。
(::´Д`) { うるうる