俳優の峰岸徹さん死去!! | おじぃちゃんの事件簿

俳優の峰岸徹さん死去!!

俳優の峰岸徹(みねぎし・とおる、本名・知夫=ともお)さんが、肺がんのため11日夜に都内の病院で死去していたことが12日、明らかになった。

65歳だった。

峰岸さんは、今年4月にがんが発覚し入院加療していた。


7月に仕事復帰したが、2週間ほど前に体調を崩し再入院。

そのまま帰らぬ人となった。


故人の遺志で葬儀・告別式は、親族のみの密葬で営まれ、後日「しのぶ会」が開かれる予定という。

◇ ◇
鉄人レースに挑む体力をもってしても、がんを克服できなかった--。


峰岸さんは11日夜、都内の病院で親族にみとられて静かに息を引き取った。関係者によると

『とても安らかな最期だった』

という。

今年4月。持病の腰痛の術前検査でがんが発見された。

がんは

「ステージ4」

と診断され、腰骨にも転移。


自身の公式HP上に7月12日付でその時の心境を

『一瞬何が何だかわからず、全てが止まった』

『私は腰の手術で入院したのだ。そんなバカなウソだろ』

などと赤裸々につづっている。


出演を予定していた6月の舞台を『腰痛の悪化』を理由に降板した。


その陰で必死にがんと闘った。

5月から抗がん剤や放射線治療を受けた。

抗がん剤治療などで

「約3カ月で体重が12キロ減った」

との報道もあった。


『がんにいい』

と教えられた秋田県・玉川温泉まで湯治に出向いたことも。

経過は良好だった。

7月にはがんを公表し、『テレビ東京』の旅番組で仕事復帰も果たした。

現在、公開中の映画「おくりびと」にも出演している。

『おくりびと』

では、納棺師役の主人公、本木雅弘の父親役で出演。

くしくも死んでいく設定だった。





…だが、2週間ほど前から体調が急変し入院。


そのまま帰らぬ人となった。


12日の未明に都内の自宅に無言で帰宅した。


この日、自宅には、親交のあった映画監督の大林宣彦氏ら友人らが弔問に訪れた。


62年デビューの峰岸さんは数々の映画、ドラマ、舞台で活躍した。

一方、最近はトライアスロンにのめり込み、00年から沖縄・宮古島の大会に参加。

闘病中も

『来年の大会には出るんだ』

と希望を持ち続けた。


今月19日には大阪で開催される

『肺がんフォーラム』

で、患者の立場でゲスト講演する予定だった。

HPでは

『私は負けない、絶対に負けない』

『私は絶対に負けません、癌なんかに…!!』


と不屈の意気込みを示していた峰岸さんだったが、65歳の若さで天国へと旅立った…。










峰岸さんは自身のブログの7月12日付、最後の更新で、ガンを告知された際のことをつづっている。

《以下、一部抜粋》

何故か手術前々日に呼吸器科に呼ばれた。そして、私は何気なくその部屋へと入って行った。
「座って下さい」。
私は呼吸器科の先生に言われたままにイスに座った。看護師さんもいた。
呼吸器科の先生は一言、「肺に悪性腫瘍ができてます・・・」と。私は一瞬何が何だかわからず、全てが止まった。
しばらくして私は、手術は出来ますかと聞くと、先生は静かに「出来ません・・・」と。

私は腰の手術で入院したのだ。そんなバカなウソだろ。私の廻りには家族も居た。子供たちも居た。子供たちは意外におちついて見えた。私もとりみだしてはいけない、それだけを考えた。

そして今、7月初め私は秋田県の玉川温泉が癌にいいと聞き、そこに来ている。私は負けない、絶対に負けない。ここに居る人たちは皆明るい。私も今、明るい日々を送っている。

《以上、原文のまま》