(::´Д`){ 全身の筋肉が消えてゆく原因不明の病気と闘う女性がいます−−。 | おじぃちゃんの事件簿

(::´Д`){ 全身の筋肉が消えてゆく原因不明の病気と闘う女性がいます−−。

全身の筋肉が消えてゆく原因不明の病気と闘う女性がいます--。


女性はかつて、『客室乗務員』として世界中を飛び回っていましたが、主治医によると、彼女の病気は現在の医学では原因も治療法もわかっておらず、今も筋肉の『萎縮』はとまりません・・・。




中岡亜希さん、31歳。




足を引きずって、はうように廊下を移動します。



もう足に力はありません。



足だけでなく、両手に残された握力もわずか1~2キロ。





●中岡亜希さん

『お行儀が悪い感じになっちゃいますね』



中岡さんの体から筋肉が徐々に消えていっているのです。



いまは、かろうじて肩の筋肉が残っているため腕は動かせますが、時がたてば、肩の筋肉もなくなってしまいます。



●中岡亜希さん

『日々進行してますので毎日毎日、3か月・半年、後ろ振り返っただけで、あれが出来なくなった、これができなくなったってこともあるんですよ』



中岡さんの病気は指先などの体の遠い部分から徐々に筋繊維が萎縮する


『遠位型ミオパチー』


と呼ばれるものの一種です。



遠位型ミオパチー患者会のブログ
http://ameblo.jp/dmio-kanjyakai/




現在の医学では、治療法がない『不治の病』とされています。



《国立精神・神経センター 神経研究所・西野一三医師》


『筋肉自体がどんどんやせ衰えていくんですね。進行すれば寝たきりになると思いますね』


Q.治療法などは?


『現時点ではまったくありません』



患者は『100万人』に、わずか『2、3人』。



多くの場合、20歳前後で発症し、本人が気づかないうちに症状が悪化していきます。



●中岡亜希さん

『ずっと歩き続けるのがしんどくなってしょうがなくなって、なんでやろ?尋常じゃないなって思ったんですよね』



当時、客室乗務員だった中岡さんは、憧れだった職業に胸を躍らせ、世界中を飛び回る生活を送っていました。





・・・しかし、この時すでに病の魔の手が彼女に迫っていました。




●中岡亜希さん

『会社の同僚から「歩き方がちょっとおかしいね」って言われたんです。そこで初めて自分の体調の変化を自覚したというか…。紙パックのジュースがあるんですけど、それを指でひきちぎるんですよ、口を。それがなかなかできなかったり』




2001年、当時25歳--。




憧れの仕事に就いた矢先の告知でした。



●中岡亜希さん

『告知を受けた時は本当に、絶対頑張って生きていこうと思ったんですよ。でも、本当の闘いはそこからで・・・』




初めは歩けない程度だった症状は徐々にひどくなりました。



筋肉のない体は固まって、動かせなくなり、固まった体をほぐす『リハビリ』には痛みを伴います。



耐えても耐えても筋肉を作るよりも、失う『スピード』の方が早いために症状を改善させることはできません。



徐々に筋肉は奪われ、このまま進行すれば『20~30年』後には寝たきりになる日が来るのです。





刻一刻と時間は迫る--。







退職後は実家の京都で家族と暮らす中岡さん。





週に2日ほど、『フリースクール』で子どもたちと触れ合っています。




子どもたちといると自然と笑顔になりますが、本音を聞くと、彼女はつらい胸の内を明かしました・・・。



●中岡亜希さん


『不安で不安で…。』



『なんで私が・・・とか・・・普通に元気に歩いてる人とか見るといいなぁとか普通に思うんです』



『無意識に涙が止まらない日が何回かあったりして』




そんな中岡さんに一筋の光が差し込みました。




主治医が『遺伝子技術』で中岡さんと同じ症状を持った『ネズミ』をつくり出すことに成功し、現在、治療法の研究が進められています。



《国立精神・神経センター 神経研究所・西野一三医師》


『なんらかの治療効果があるか確認しています。モデル動物で効果が出来れば、次のステップは人にということになります』




ただ、たとえ、治療法が見つかったとしても



『患者の数が少ないため、製薬会社にとっては採算が見込まれず、治療薬の開発は絶望的とみられています』




そこで、中岡さんたちは患者だけで莫大な開発『コスト』をまかなうのではなく、国に支援を求めようと『署名活動』を始めました。




『18万人』分の署名が集まり、患者の会は、法律の改正や『難病指定』を求めた要望書を近く、『厚生労働省』に提出します。



●中岡亜希さん

『患者の数が少ないってだけで国からも難病と認められてなくて、研究もままならず、患者数が少ないからそういう現実というのがやっぱり納得いかないので』








日々を笑って精一杯生きたいという中岡さん。





●中岡亜希さん

『この病気になったという自分を受け入れようと思ったんです』

『受け入れたときから多分もうこの辺にあるんですよ、パートナーだから、常に』


『生きるっていうことと、死なないでいるってことは全然違うなと思ったんです・・・生きていこうって』








今を生きるために、『国による支援体制』が何よりも欲しい。




残された時間の中、消えいく筋肉を振り絞りながら






彼女は闘っています。












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