幸田シャーミンさん『ハラスメント受けた…』
今月2日に『国連広報センター』(東京)所長を辞任した『幸田シャーミン』さん(52)が13日、都内で会見し、国連側の対応を強く批判した。
幸田さんは
『在職中、組織ぐるみのハラスメント(嫌がらせ)を受けた。1人で戦うのには限界があるので、外に出た』
と涙ながらに明かした。
同センターの『不正経理問題』を追及したのが『ハラスメント』の背景にあると主張したが、国連側は反論。
国連を舞台にした『スキャンダル』に発展しかねない事態になっている。
『キャスター』時代の持ち味だったテンポのいい話しぶりが、時折途切れた。
幸田さんは、まず辞任の経緯を
『“事無かれ”の組織の欠点を指摘したからではないか。(国連という)密室の中で1人で戦うには限界があり、外に出て話そうと思った』
と説明。
『問題の本質は不正経理問題にある。ハラスメントは結果として出てきた』、と述べた。
幸田さんによると、06年4月に東京の国連広報センター所長に就任後、『不適切な会計処理の実態』に気付き、上司に報告したり国連に監査を要求するなどした。
これに上司などスタッフが反発し
『すさまじい報復が起きた』(幸田氏)
現体制で起きる、北海道洞爺湖サミットへの影響も懸念して、契約満期の今月2日で職を辞したが
「『この機会に幸田には出て行ってもらう』というムードだった」
とも述べた。
会見に先立ち、幸田さんは月刊誌で
『国連で私が受けたハラスメント』
と題した告発手記を発表。
この手記に対し、国連本部の『赤阪清広報局長』は12日(米現地時間)
『幸田さんをめぐる問題は、彼女自身による部下へのハラスメントから始まっている』、と反論。
『潘基文事務総長』の月末の訪日を控え
『突然の辞任は不可解で、困惑している』、と述べた。
幸田さんは、赤阪氏の主張にも
『虚偽と事実の歪曲(わいきょく)で、広報局長としての職務を放棄している』、と批判。
『私にいろんな容疑をかけ、反論の機会も与えず国連から追い出そうとしたのは許せない』
とも述べた。
『私は国連が好き。働けることを光栄に思った』
という幸田さんだが
『まるでドラマのようなことが次々に起きた。自分がパーフェクトな人間だとは思わないが(国連の)指摘には大変心を痛めた』
と、涙を流す場面も。
一方で
『国連でハラスメントは禁止行為。相当な覚悟がなければ(告発は)できない』
とも述べ、徹底抗戦の構えもみせている。
●幸田シャーミン
聖心インターナショナルスクールを経て、1979年聖心女子大学を卒業。パリに語学留学し滞在中、ジャン=ピエール・フルリモン(Jean-Pierre Fleurimon)メイクアップスクール卒業。当時は弁護士かメイクアップアーティストになりたいと思っていた。
ニュースキャスターとして活躍し、NHK『海外ウィークリー』、フジテレビの『FNNスーパータイム』(1984.10~1988.03)に出演。スーパータイムのオープニングでの彼女のタイトルコールの声や、その鼻にかかった喋り(「こんばんは、幸田シャーミンです」)は瞬く間に人気となり、明石家さんまや清水ミチコなどにものまねされたことも。
その後、ハーヴァード大学ケネディスクール(公共政策大学院)に留学し、卒業後はジャーナリストとして、環境問題に関する取材や講演を続ける傍ら、国連をはじめ、多くの環境団体の役員を務めている。
2001年7月、第19回参院選に比例代表から民主党公認で立候補、落選している。
2006年4月より、コフィー・アナル国連事務総長から任命され、国際連合広報センター所長に就任。2008年6月2日任期満了で辞職したが、その後国連の人事管理室に在職中「本部の広報局の上司からパワーハラスメントを受けた」と、申し立てをしている。幸田によれば同センター内の不適切な経理がある事について調査しようとしたが、本部の上司はその旨を上層部へ伝えることをしなかったという。
一方、幸田氏自身も、2007年に複数の部下からパワーハラスメントで告発されている。
(::´Д`) {・・・アナル国連事務総長?・・・て、コラー! アナルじゃねーょ!アナン国連事務総長だろがーっ!!(お約束)
幸田さんは
『在職中、組織ぐるみのハラスメント(嫌がらせ)を受けた。1人で戦うのには限界があるので、外に出た』
と涙ながらに明かした。
同センターの『不正経理問題』を追及したのが『ハラスメント』の背景にあると主張したが、国連側は反論。
国連を舞台にした『スキャンダル』に発展しかねない事態になっている。
『キャスター』時代の持ち味だったテンポのいい話しぶりが、時折途切れた。
幸田さんは、まず辞任の経緯を
『“事無かれ”の組織の欠点を指摘したからではないか。(国連という)密室の中で1人で戦うには限界があり、外に出て話そうと思った』
と説明。
『問題の本質は不正経理問題にある。ハラスメントは結果として出てきた』、と述べた。
幸田さんによると、06年4月に東京の国連広報センター所長に就任後、『不適切な会計処理の実態』に気付き、上司に報告したり国連に監査を要求するなどした。
これに上司などスタッフが反発し
『すさまじい報復が起きた』(幸田氏)
現体制で起きる、北海道洞爺湖サミットへの影響も懸念して、契約満期の今月2日で職を辞したが
「『この機会に幸田には出て行ってもらう』というムードだった」
とも述べた。
会見に先立ち、幸田さんは月刊誌で
『国連で私が受けたハラスメント』
と題した告発手記を発表。
この手記に対し、国連本部の『赤阪清広報局長』は12日(米現地時間)
『幸田さんをめぐる問題は、彼女自身による部下へのハラスメントから始まっている』、と反論。
『潘基文事務総長』の月末の訪日を控え
『突然の辞任は不可解で、困惑している』、と述べた。
幸田さんは、赤阪氏の主張にも
『虚偽と事実の歪曲(わいきょく)で、広報局長としての職務を放棄している』、と批判。
『私にいろんな容疑をかけ、反論の機会も与えず国連から追い出そうとしたのは許せない』
とも述べた。
『私は国連が好き。働けることを光栄に思った』
という幸田さんだが
『まるでドラマのようなことが次々に起きた。自分がパーフェクトな人間だとは思わないが(国連の)指摘には大変心を痛めた』
と、涙を流す場面も。
一方で
『国連でハラスメントは禁止行為。相当な覚悟がなければ(告発は)できない』
とも述べ、徹底抗戦の構えもみせている。
●幸田シャーミン
聖心インターナショナルスクールを経て、1979年聖心女子大学を卒業。パリに語学留学し滞在中、ジャン=ピエール・フルリモン(Jean-Pierre Fleurimon)メイクアップスクール卒業。当時は弁護士かメイクアップアーティストになりたいと思っていた。
ニュースキャスターとして活躍し、NHK『海外ウィークリー』、フジテレビの『FNNスーパータイム』(1984.10~1988.03)に出演。スーパータイムのオープニングでの彼女のタイトルコールの声や、その鼻にかかった喋り(「こんばんは、幸田シャーミンです」)は瞬く間に人気となり、明石家さんまや清水ミチコなどにものまねされたことも。
その後、ハーヴァード大学ケネディスクール(公共政策大学院)に留学し、卒業後はジャーナリストとして、環境問題に関する取材や講演を続ける傍ら、国連をはじめ、多くの環境団体の役員を務めている。
2001年7月、第19回参院選に比例代表から民主党公認で立候補、落選している。
2006年4月より、コフィー・アナル国連事務総長から任命され、国際連合広報センター所長に就任。2008年6月2日任期満了で辞職したが、その後国連の人事管理室に在職中「本部の広報局の上司からパワーハラスメントを受けた」と、申し立てをしている。幸田によれば同センター内の不適切な経理がある事について調査しようとしたが、本部の上司はその旨を上層部へ伝えることをしなかったという。
一方、幸田氏自身も、2007年に複数の部下からパワーハラスメントで告発されている。
(::´Д`) {・・・アナル国連事務総長?・・・て、コラー! アナルじゃねーょ!アナン国連事務総長だろがーっ!!(お約束)
