『おとうさん。僕、いい子になるから迎えにきて。何でも言うこと聞くから。兄弟子が怖い』 | おじぃちゃんの事件簿

『おとうさん。僕、いい子になるから迎えにきて。何でも言うこと聞くから。兄弟子が怖い』

新潟市出身で大相撲の序ノ口力士、斉藤俊(たかし)さん(当時17)=しこ名・時太山(ときたいざん)=が名古屋場所前の6月、けいこ中に急死した問題で、時津風親方(57)=本名山本順一、元小結双津竜=が8月上旬に同市内の遺族宅を訪れ


『ビール瓶で殴った』


と語っていたことが分かった。


父正人さん(50)が朝日新聞の取材に明らかにした。


死亡直後の説明は『通常のけいこ』だったため、正人さんは耳を疑ったという。



正人さんによると、死亡前夜の6月25日夜、ちゃんこを食べながらビールを飲んでいた親方が、空のビール瓶を持った右手を背中の方に水平に振り、右後方に座っていた俊さんのおでこを殴った、との説明だった。


『おでこから血がでたが、ティッシュでふいたら止まった』


その夜、兄弟子ら数人が俊さんを取り囲み、暴行を加えたことも認めた。



当初の説明とはまったく異なる内容で



「なぜ、いまさら『殴った』なんていいに来たのか不可解だった」


正人さんは振り返る。



俊さんが死亡した6月26日夜、葬儀業者が自宅に遺体を運んできた。



『付添人もなく、まるで犬や猫みたいだと思った』


バスタオルにくるまれた遺体をみて全身が凍り付いた。


顔全体がはれ上がり、鼻、目、口、胸、腕など、体中の至る所が木刀か何かで殴られたように傷だらけだったからだ。



その1週間前、俊さんは部屋を逃げだし、自宅に帰っていた。



久しぶりに家の風呂に入れ、たくましく鍛えられた体に目を細めたばかりだった。



傷だらけの遺体は、まるで別人だった。



3日後、部屋に戻った俊さんは


『もう一度頑張る。もうあまり電話もしないようにする。携帯電話も兄弟子に預けた』


と公衆電話から電話してきた。


だが、25日早朝、再び自宅に電話があり

『やめたい』


数時間後にもまた電話があり




『おとうさん。僕、いい子になるから迎えにきて。何でも言うこと聞くから。兄弟子が怖い』――。




悲痛な声が聞こえてきた。



でも私は


『もうちょっとがんばれ』


と言ってしまった『逃げろ』とはいえなかった。



私が殺したようなものだ。




俊さんの遺品の中からは、まっぷたつに折られた携帯電話が見つかった。



『なぜ、逃げろ、帰ってこいといわなかったのか…』


正人さんは今も、自分を責め続けている。