広汎性発達障害 ADHD & 自閉症スペクトラム -108ページ目

広汎性発達障害 ADHD & 自閉症スペクトラム

34歳で友達に病院に連れて行かれ、診断された。最初は困惑、動揺、受け入れられない日々だったが、処方された薬も調整して、2年ほどで気持ちが落ち着いた。
気持ちや考えがコロコロ変わる為、ブログ内で矛盾があったらすみません。

幸せについて勘違いしていた

子供の頃から。

幸せとは、エクスタシーだと思っていた。
興奮するほど興味が湧くこと、興奮できること。
それと、一緒にいてテンション上がる人が友達だと思ってた。それ以外の友達はいらないと思ってた。

私は助けられて当然だと思っていた(笑)

困った時は親が助けてくれた。

社会人になると、いろんな人と出会い、ギャップを感じるようになった。

社会から置いていかれる感じがした。
とても臆病だった。

殻を破れない自分が嫌いになった。
傷をつけた。何年も苦しくて、毎日泣いた。

ある人に出会った。その人を頼って、ついに、家族という鳥カゴから出て、自分で外に出た。

家族にはたくさん嘘をついた。

それでも出たかった。

体に巻き付いた沢山の見えない鎖があることに気がついた。自分で自分を苦しめていた。

しかし、家族と離れ、しがらみと離れ、社会に少しずつ溶け込み、それは外れていった。

自分が何者か、少しずつわかってきた。

ある人が、あなたは病気だから、病院へ行けと言われた。あまりにうるさいので仕方なく行った。その人の言うとおりだった。病気ではなく、障害だったけど。

それからどうしたらいいのかわからなくて。
今までの私でいたらいけないと言われた。
普通の人に近づけるよう努力しなさいと言われた。

急に普通じゃないと言われて困った。そこまで自覚はなかった。親のしつけが悪かったので、なかなか普通の人には近づけなかった。

数年たち、普通になるのは無理だと思った。
私は私だった。しかし、障害についての知識は増えたので気をつけるようにはなった。

もう、実家には住めない。
親と喧嘩したり、アレルギーが出るから。

しかし、今は親から離れ、しがらみから離れ、大変幸せであると思う。
自分で考え、自分が好きなことして、自分が食べたいものを食べ、自分が話したいことを話し、自分が行きたいところに行ける。

今まで、我慢しすぎておかしくなってたんだな。

今は、障害があるとわかり、薬を飲みながら仕事をし、明日どうなるかわからないけど、幸せだと思う。