ひとり飲む珈琲 窓辺に座りて 窓つたう雨 七月の海

 

 

ひとり飲む珈琲あしたの窓辺に窓つたう雨七月の海

 

 

 

(令和6年7月 ダイニングより撮影)

 

 

 

 

珈琲の香り立ちたるキッチンの ステレオの中のJimmyScott

 

 

 

 

 

 

 

珈琲の 香り立ちたる キッチンの 午前1時の JimmyScott

 

 

 

今日7月7日は七夕。星に願いを、ですね。いまさら、星に願いを、でもなかろうに、なんて夢のないことは言わないでくださいね。

 

稲にかがやく朝つゆを柄杓ですくって、墨をする。幼い文字で短冊に願いを書いて、笹竹に結び付ける。そんなかすかな記憶が残っています。

 

 

深夜、ダイニングに座って、ダウンライトの照明をしぼって、キャンドルポットに明かりを灯して、珈琲を飲みながら、ジャズを聴きながら、特に、低気圧が足早に過ぎ去った後の澄みきった夜空を見上げていると、天の川を横切って消えてゆく流れ星、なんてこともあったりします。流れ星が消えてしまわないうちに、願い事を3回唱えることができたならば、願いはきっと叶うとのこと。

 

 

 

When You Wish Upon a Star  //  Jimmy Scott & Freddy Cole

3回どころか、カネカネカネカネカネ、5回も言ったら絶対に叶いそう。叶うといいな。

 

 

 

 

高校生のころ、これはカネになる、こうすればカネになる、ワシの言うとおりにすれば金持ちになれるぞ、と口を開けばカネカネカネ、何かと言えばカネカネカネ、カネのことしか話さないおじさんがいました。世の中にはカネなんかよりももっともっと大切なものがたくさんある、と青春のとば口に立っていた私は反発するとともに、カネの話しかしない卑しい人間、とおじさんのことを蔑んでもいました。しかし50を過ぎたあたりで振り返ってみると、おじさんの言っていたことも、あながち間違いではなかったのではないのかなと。つまり、畢竟世の中の9割がたのことは、残念ながら、金でどうにかなってしまうものなのだと、分かってくるようになりました。それには随分と長い歳月を要しはしましたが。

 

しかしながら、いや、だからこそと言うべきか。だからこそ、残りの1割を慈しむように、大切に、大切に、守っていきたいと強く思うのです。いつまでも、そんなこころを持ち続ける自分でありたいと。星に願いを。