温泉好きなのに、コロナのこともあり、しばらく行っていません。でも、もうそろそろ出掛けて行ってもいい頃でしょうか。

とりあえずは気分だけでもと思い、手に取りました。全国33カ所の温泉が紹介されています。写真も大きく、エッセイも楽しいです。

お一人様さまで温泉を巡る著者が、そのときどきに自身のフィルターを通して感じたことを、率直に綴っていて、それがとても良かったです。単なる情報を提供するだけのガイドブックではありません。

紹介されている温泉の中で、私もいくつか行ったところが有ったので、著者の感じたことと比べてみました。そんな中でも特に印象深かったのは、奥津温泉東和楼です。






お母さんを亡くした著者は、悲しみに蓋をして仕事を続けていたそうです。いつにも増してライターの仕事に打ち込むことで、悲しみから目をそらしていたかったのでしょう。無理をしていたのですね。

それが、足元から湧き出る源泉掛け流しの奥津の湯で、一気に解き放たれ、大泣きしたとのこと。読んでいて思わずこちらもウルっときました。

奥津は岡山県北部の山奥にある鄙びた温泉郷です。そして東和楼の温泉は、一般的な温泉に比べて小さいです。著者の他には入浴客もいなかったので、自噴泉のある男湯の方を貸し切りにしてもらったそうです。

温泉へと続く特徴ある地下通路のことも書かれていました。

地下通路はトンネル状になっていて、著者の言うとおり、まさに異界への入口を思わせる只ならぬ雰囲気があります。

私が行ったときには、トンネルの天井についていた蛍光灯が外れて、コードにぶら下がった状態でチカチカしていました。壁はところどころ漆喰が剥がれ落ちていたような記憶があります。20メートルぐらい行った突き当りの壁には、磨かれていない、ぼやけた古い大きな鏡が、何でこんなところに?と意味不明に取り付けられていたりしていて。
でも、こういった雰囲気、嫌いじゃないです。ちょっとワクワクするというか。

異界への入り口を通って行ったその先にある温泉につかり、覆い隠していたものが暴かれ、解放され、そして心が浄化された、という著者の気持ちは、同じ湯につかった者として、とてもよく分かります。

以前私が大女将から聞いた話では、沖縄からわざわざここの湯を求めて訪ねて来るお客さんもいるそうです。何かの本にも書かれていました。お湯の質では日本有数だとか。ただ、東和楼の魅力は泉質だけではなさそうです。( 残念ながら現在は日帰り入浴のみとなっているようです )
 

 

11月、紅葉の季節になりました。またのんびりと秘湯の、できれば解放感あふれる露天風呂に行きたいものです。