僕は経済学を学んでいる人間です。

経済学的利益や経済的合理性を追求すれば恐らく原発は必要となると思います。(いや、ならないと言う意見も当然あると思いますが。)


なぜ僕はならないと言う意見も当然あると思うと言及しながらも上記の意見を述べたのかといえば、最早経済学的利益だけを追い求めた経済政策はやるべきでないと考えるからです。


いやそのために民主主義があるのかもしれませんが。。。


なんにしてもこれまで進められてきた原発は恐らく経済成長や経済政策の追求の結果であり、そこには当然今回の事故のことなど無視されていたと思われます。




これからのエネルギー政策がどういう道に進むべきかはわかりませんが、原発はなくしていくべきだと思います。

しかし一方で僕が思うことは

これは批判があるかもしれませんが

これまでは原発によって多くの人々が救われたのも確かなのではないかと思うのです。

しかしあくまでこれまでの話です。


というのは過去の経済発展の段階においては、原発が経済成長のためには必要であったのであり、人々が裕福になることに貢献したのではないか?と思うのです。





そして経済が成熟した今、たくさんのモノを人々は作ってきました。

想像以上に多くのモノを


そして原発はもしかしたら余分なエネルギーを供給しているかもしれないし、脱原発でもやっていけるかもしれないことが徐々にわかってきたわけです。(これは不確かな事も多いかもしれません。)








脱原発についてもう一つ進めるべきだと思う理由が僕の中にはあります。


それは多くの無関係な人々を巻き込んでしまったこと。これは戦争もそうだと思います。

これまで数ある事故の中でこれだけたくさんの人を巻き込んでしまった事故はないと思います。


他のエネルギーでこれだけたくさんの人を巻き込んだ事故はあるのでしょうか?


あるんだとしたら勉強不足です。。。ごめんなさい


ないとしたらやはり脱原発するべきだと思います。


また小出裕章氏の原発はいらない(2011)を読んで思う事がありますが、

原発の安全体制はずさんだと思います。





もしまた原発を進めるべきと思うなら、信頼が必要です。腐った体制を直してもらわない限り無理だし、よほどのことがない限り原発は安心できるものにならないと思います。


とにかく

原発の安全体制
人々の信頼回復

この二つが必要だと思います。


安全体制は腐っているし、、、今回のような事故が起きてしまった以上信頼回復も難しいと思います。

また僕自身思うのはそう簡単に原発を復帰させてはならないと思う事です。

結局簡単に復帰させてしまっては、ずさんな体制がそのままになってしまいかねないからです。




進めるなら強力な圧力と監視が必要だと思います。