それは究極の正義、聖なる正義、全てを恐れない、省みない、疑わない、全てを決して諦めない、そういうもののはずです。

それは純粋な真心に基づくべきものです。

受け取る際は、自分のこれまでの頑張りゆえに、与える時は、その人のこれまでの頑張りゆえに。

「自分のこれまでの頑張り以上を受け取らず、相手に一切の犠牲を払わせずに与える。」

心無い善や正義に日々傷付く人を救うための宗教が、心無いものとなりつつあるせいで、全てに絶望せざるを得なくなってしまっているというのは何とも辛い事です。

「全てを恐れてしまうがままに、省みてしまうがままに、信じられないままに救えてこそ、本物なんです。」

恐れない事、省みない事、信じる事を決して要求してはいけないんです。

恐れなくても済む範囲で、省みなくても済む範囲で、信じられなくても済む範囲で助けられてこそなんです。

実に馬鹿馬鹿しい、恐れてしまうのも、省みるのも信じられないのも全て必要な事であり、一生懸命さの証、それを全否定するのは宗教じゃない。