勧善懲悪は正義の1つの手段にすぎません。目的が大事なんです。

勧善も懲悪も絶望を防ぎ希望を与えるためのもの。

勧善が絶望を与えるならそれは正義じゃない。懲悪も同様。

自分はどうあがいても善ではなく悪ばかりしてしまう、だから、懲らしめられなくてはいけない、そんな悲しい思い込みを抱かせるのは正義じゃない。

納得できないという感情を無視しすぎていると、排他的攻撃的になりやすいんです。それを重視しすぎても駄目ですけどね。

でも、仮に重視しすぎたとしても、納得できないという感情自体は間違いではありません。

重視しすぎないよう一生懸命な結果が、納得できないという感情を無視しすぎるという結果へとつながるので、やはり、全否定してはいけないんです。

納得できないという感情を全否定しても駄目だし、重視しすぎないよう十分気をつけたいという思いを全否定しても駄目なんです。

全否定しなくても済む感情は必ずどこかにあります。人間とはそういうもののはずですから。