どうしても納得できない事について思うがままにネット上で書くというのは最大の社会貢献のように思えます。
本来人は、自分との関係性において、納得できない事があるという事に気付けない事を何より辛く感じる生き物だとそう思います。
「自分だけが納得して、相手が納得していないのはおかしい、フェアじゃない」それが人間本来の感情のあり方のはずです。
僕は色々と気付けて勉強になってとても楽しく感じています。
「たくさん気付けるのが1番楽しい事。」
性は気付ける余地を増やすためのものだし。欲望を駆り立てる濁や俗の必要性もそこにあります。
快楽欲求は、たくさん気付けるようにするための手段にすぎないんです。
それを否定し、無理やり抑え込んでしまえば、気付ける余地がだんだんと減っていき、だんだんと日常がつまらなくなっていきます。
「だから、否定したり、無理やり抑え込むのは良くないんです。日々たくさんの気付きと共にあり続けられる、それが人にとって1番幸せの
事のはずです。」
僕はどうしても納得できない事について思うがままに書いた文章を全て擁護します。
「どうしても納得できないという気持ちの正しさだけは
必ずあるはずので。」
いや、もう少し先に行きましょうか
どうしても納得できないという感情に基づく表現の全てを擁護できるようにしたいです。やはり、どうしても納得できないという気持ちの正しさだけは必ずあるはずなので。