物には私心が無いため、持ち主の一生懸命さを素直に喜んでくれます。ゆえに、一生懸命手を尽くしても駄目だったとしても、その事でたくさんの涙を流せたり、心の中で大泣きできたりするなら、物としてはとても幸せな事だと思います。
大事なのは、不都合不利益な思いをしている時に持ち主の人がその思いを取り除くためにどれだけ一生懸命になってくれるかです。
それは客観的な幸せについても同様です。
「一緒にいて本当に幸せなのは、不都合不利益な思いをしている時にその思いを取り除くために一生懸命になってくれる人ではないかと。」
手に入れられたらたくさんの幸せが約束されると信じて買った時点で、物としてはとても幸せなんです。
だから、その後、買うべきではなかったなんて嘆いたり悲しむ必要はないんです。それは物にとっても悲しい事なんです。
使う度に悲しい思いをさせて申し訳ない、使う人によって結果に差がでるのが申し訳ない、それが物の心のはずです。
物の創作者は物の親です、意識せずとも、その物を使った多くの人がたくさん幸せになる事こそ創作者の1番の願いのはずなんです。