どんな職業であろうと、仕事というのは、サービスや商品を受け取る人のためになる事を行う事全てを指すのだと思います。
専門職だからといって、専門知識や専門技術が必要な事ばかり行えばいいというのは違うと思います。
僕は外食産業で接客を行っていますが、直接お客様と接する以外の仕事も接客には違いないと考え取り組んでいます。
洗い場の仕事であったとしても、良質な商品を提供するためには必要不可欠な仕事ですし、
清掃は言わずもがなだと思います。
誰にでもできる事だからという理由で行わないのなら、それは、サービスや商品を受け取る人を1人の人間として考えておらず、特定のサービスや商品のみを享受するにすぎない存在であると恣意的に切り出しているにすぎないのではないでしょうか。
それは、自分にとって都合の良い事のみを行い、それ以外を人に押し付けるのと変わらないのではないかとそう思います。それでは、私生活で気まぐれに行う事と変わりなく、プロとは言えないのではないかと。
専門職というのは、決して自らの気まぐれで行動しない、特に高いプロ意識が求められるものではないかとそう思います。
自分は誰もができる訳では無い事に関する知識や技術があるから、誰もができる事をわざわざやる必要は無い、そんな考えは違うはずです。
知識と技術はとても大事な事だとそう思いますが、それはあくまで手段にすぎません、自己陶酔、自己満足以外の目的を持たない人に対し、どれだけ頭が良く、能力が高かったとしても、
公的な資格を授与するのは違うような気がしてなりません。
残念ながら、自らの嗜虐的な欲望を満たす事しか考えていない人間もいるので全てとは言いませんし、知識技術に難があるのは認めます、しかしながら、知識技術以外の心の資格とでも言うべきものを持っているのは、頭が悪く、能力が低い人なのではないかとそう思えてなりません。
持っているという自覚は少なからず驕りを生みますし、持っている範囲内のみという限定さえしかねないように思えてなりません。
「心の資格を持っている人を見出し、そういう人が、知識技術も持てるようなサポート体制を築いていく。」それが一番なんじゃないかとそう思います。