出来る限り具体的に書けたらとそう思います。
キーワードは2つ、絆とライフワーク
この時間が永遠に続いてほしいと思えるほどに魅力的な物事や人や人以外の命に巡り合った時に、自分以外から奪われず奪わず、永遠に続くようにするための努力を可能とする事。
一方的に奪ったり奪われる事無く、不特定多数の人から頼られ必要とされる人間として日々を過ごすためのライフワークを見つけ、生涯を通して続けられるようにする事。
時に非凡な努力を必要とする事もあると思います。その時に要となるのは集中力と注意力だと思います。
集中力と注意力の妨げとなるのは、必要以上に自分を抑えこんでしまう事です。
これを防ぐために、気持ちを汲み取り気持ちに合わせて呼吸を合わせながら話をするという事が非常に大事だと思います。
自分という存在そのものが間違っていると考えながら日々を過ごしている状態では、自らの行いに関する事実をしっかり受け止めるのは難しいと思います。それこそ肝心要の集中力と注意力が著しく妨げられてしまうはずなので。
事実よりも気持ちを大事にしながら話をする、気持ちを汲み取ろう、気持ちに合わせよう、呼吸を合わせよう、できれば、そういう優しさを汲み取って言葉で伝えるようにしながら。
気持ちを汲み取れず、気持ちに合わせられず、呼吸を合わせる事ができず、人の嫌がる事ばかりしてしまう、そういう状態だと冷静になる事は中々難しいので。
基本的には自分が間違った行いをしてしまった、しているという事実をしっかりと受け止め、改めるための努力へとつなげられるように感じられないというのは非常に辛い事だと思います。
能力や技術だけでなく、人懐っこさや頑張り屋である事や、与えようとする優しさや受け取ろうとする優しさ、心の中にあるものにも目を向けて、折に触れて伝えてあげる事が大事だと思います。
将来の夢について安易な否定はしない事。その子の能力技術の程度や、これまでの頑張りでは難しいとしても、どうしてもやりたい、何としてもやりたいという強い意志が感じられたら、どうにか必要な頑張りができるようサポートする。
自分を必要以上に押さえ込んでいる場合は、将来について明るい見通しが持てないため、魅力的に感じる職業があったとしても、人に話そうとはしません。いくつか職業を紹介してみて、もし、その中に興味関心がある職業があったとしても、肯定的な反応はしないでしょう。どのくらい頑張らなければいけないのかをちゃんと理解している上で、自分には到底そこまで頑張る事はできないと考え込んでいるせいです。
気持ちを汲み取ろうという頑張り、行動で合わせようという頑張り、せめて言葉で合わせようという頑張り、そういう頑張りを見つけて褒めてあげる事、謝罪の言葉をしっかりと受け止めてあげてください。自分の気持ちはどこにも届かないのだと思い込んでしまったらそこまでです。
家庭状況によっては、家族代わりになってあげるのもありだと思います。
自分の世界に閉じこもりがちな子もいると思いますが、無理に引っ張り出そうとしない方がいいと思います。その世界に対する共感と傾聴と受容が大事だと思います。
人とコミュニケーションを取りたい、人の役に立てるようにしたい、けど、拒絶的否定的な反応しか返ってこないだろう、その反応は耐え難い、だから、閉じこもるしかない。
外に出たとしても、拒絶的否定的な反応ばかりが返ってくる訳じゃない、受容的肯定的な反応が返ってくる事もある。そういう風に考えが改められればよいのですが。
外にいる教育者が、受容的肯定的な反応を返すようにしていけば、少しずつ外に出てこようと思えるようになるかもしれません。
理想的には、その子のためだけの優しさというものを感じ取ってもらえれば良いと思いますが。
教育には能力や技術よりももっと大事なものがあると思います。教育以外の資格職も同様だと思います。
能力や技術は手段にすぎず、目的意識がちゃんとなくてはいけないのではないかと。
「気持ちを汲み取り、気持ちに合わせていく、呼吸に合わせていく」この3拍子が大事で、
能力や技術というのは、不特定多数の人々に対して、この3拍子を徹底するためのものではないかと僕はそう考えます。
とりあえずはこんなところで。