かわいいものを眺めたり、癒される事を増やすという事で、人生を豊かな気持ちで過ごす事ができるのではないか。

そんな話を今日していました。


後ろめたい気持ちで過ごすよりは、そういう機会を減らした方が良いに決まっている。

チャンスを減らさないという努力だって必要だ。

そういう視点を大切にする事で、豊かな気持ちを保ち、豊かな人生を過ごす事が重要なんだ。

なんてお話をしていたら、その相手の男の子に「オサムさん、深いい話みたいですね!」と言われました。


そう熱く語った話題の内容ですが…

「女の子をどんどん見ていこうぜ!」というものです。

なんとなく男という生き物は「女性を凝視すると、嫌がられるのではないか」と後ろめたい気持ちになりがちで。

でも先に書いた通り、かわいいものを眺めたり、癒される事を増やすという事は気持ちを豊かにする方法。

後ろめたい気持ちで女性を見るよりも「かわいいと思って見ていたんだよ(ニコ)」が良い。


チャンスを減らさないという努力、これは下着の露出等を見逃さないという努力。

男たるもの、女性の下着の露出を目撃するという事は、非日常の世界への誘いであり、滅多に訪れる機会ではありません。

「見たいと願うならば、見れるかも知れない好機は常に転がっている事を忘れるな若者よ」と諭す。

怯まず、臆せず、悪びれず、堂々と己の願望、欲望に忠実に、そう過ごす事が日々の嬉しさの積み重ねではないかね若者よ。


まあ最終的に「すげえ良い事言ってそうで、でもよくよく考えるとオサムさんが変態なのは分かりました!」と言う若者。

だから違うんだよなあ。

俺のこういう前向きな姿勢を「変態」という後ろ向きな捉え方をする事が全くもって豊かな気持ちで過ごす事から遠ざかってしまう。

俺が言いたい事は、女の子をどんどん見ていこうぜ!だけでなく、全ての事柄に対し恩恵を感じたり、感謝の念を抱く事が素晴らしいという事なのに。


最近年齢問わず女性を見ています。

年齢に関わらず、というか男女関係なく若返っているなーと思って。

40代50代でもきれいな人、かわいい人がいるなーって。

生粋の女好きだからなのか、俺は女性を見て癒される。

よく男同士で会話すると、体重的な差や、年齢的な差、それと顔の作り的な差等で優劣の判断をするけれど。

嬉しそうにご飯を食べる姿や、非力で何もできない姿、若さに自信を持つ姿や、老いに対して謙虚さを持つ姿、そういう全てにかわいさを感じる訳ですよ。

「自分のなりたい(見られたい)女性像に近付く努力」これって物凄くかわいい事です。


最近男女の壁を越えたのかも知れない事柄が。

中高生の眉毛の整った男子学生を見ると「わー!間違ってるー!」ってかわいく思えば。

俺は思い返せば眉毛ほっそほそで眉間に常に眉ひそめてた人間。

でも最近の眉毛太い女子の傾向はあんまり好きではないんだ。


眉毛ほっそほそにして髪の毛もあーあーしてみよう。

なんとなく若い雰囲気作りするんだ。

へへん