美味しいへの追究へのお話。

子供の頃は食べたいものも食べられなかった日々。

親の酒の肴をおかずにする毎日だった為、大人になったら好きなだけ美味しいものを食べる生活を切望した子供時代。


15で家を飛び出して、寮のあるペンキ屋さんで働き出したあの頃。

月給が手取りで約30万弱、15の俺には持て余すほどの給料。

中学生の頃にはあまり手の届かなかったセブンイレブンのカルビ弁当を毎日でも食べられるようになり、毎日美味しいものに囲まれる日々が訪れた。


それまでの食生活は絶望的だっただけに、食いたいものを食いたいだけ食える事が本当に幸せだった。

湯豆腐だけがおかずの白飯とか、今でこそどうにか食べる方法を見つけられそうな難題。


中学生の頃にはうまく説明のできない錬金術で日々の空腹を満たしていたよ。

できるだけグラム数の多いスナック菓子や、できるだけカロリーの高いカップ麺。

スナック菓子ならキャベツ太郎、カップ麺なら大盛いか焼きそば。

「一口ちょうだい」と言う友人が食い過ぎたら真面目にキレたり。


中学三年生の時夜中に家に帰ると、もちろん両親は寝ていて、それでも俺の腹はぺこぺこで。

冷蔵庫を開けると、その晩の
両親の酒の肴は大根おろしの上にしらすの釜茹での乗った一品だったようで。

腹ぺこの俺は炊飯器の中から熱々のご飯を丼によそい、その上にしらすおろしを乗せ、醤油を垂らしたんだ。

すごく旨い。


美味しいを追究したくなってからは、甘さがありながらもご飯が欲しくなる卵焼きの作り方の研究してみたり、自分が一番食べたいカレーの作り方の研究してみたり。

寮生活に移っても安い調理器具を買っては研究研究。


今はそのおかげもあり料理は一流の腕に。

とはいえ俺の味覚にとっての一流の腕。

料理の味付けは足し算掛け算。

引き算割り算はできないが俺の考え。

俺の教え子は俺を超えていく。

妻の料理は俺の活力。



毎日美味しいものを食べられて、その活力で困難とも向き合える。

美味しいもの、食べられるのか食べられないのかは全然違うよ多分。

おやすみへの系譜。