危機感に対するお話。
16か17歳の時に、いつもたむろしていた場所で意気がっていた時、見知らぬ30代くらいのサラリーマンとぶつかったぶつからないで軽く揉めた事があった。
見た目は普通のおじさんなのに、やけに掛け合いに迫力があった。
「手前えら今は現役の不良かも知れないけどな、こうしてネクタイ締めた連中の中にも昔不良だった人間は山ほどいんだよ」と言われた時、素直に「なるほど」と感心してしまった事があった。
20代前半でまだ血気盛んだった頃、友人のMと中野で飯食った後、バイクの暖気の為吹かしていた友人に対し、道の向かい側にいたキャバクラのキャッチが「チッ、うるせーな」と言ったのを聞き逃さなかった。
友人に「もっと吹かせ」と言い、じーっとキャッチを見ているとキャッチが気まずそうにしていた。
次の瞬間「うるせえぞ、この餓鬼共!」とキャッチとは違う方向から怒鳴り声。
背の小さなおじさんが顔を真っ赤にしながら詰め寄ってきた。
「酔っ払いか」くらいにしか思わなかった俺は、おじさんが振り上げている拳を掴んで「はーいはいごめんなさいねー」と軽くおちょくるようにしていた。
しばらくして野方署の自称マルBが現れ「お前らこの餓鬼、この人はここいらの貸元だぞ、悪い事言わないから謝れ!」と言ってきた。
「マルBは一般人守らねえでそっち守るのかこら」とかやいやい言って。
しばらくすると、冷静になったおじさんが「俺もカッとなっただけだから、もういいよ。屋台のラーメン食ってたんだけどお前らもどうだ?」と言い出した。
ビールならなんて言いつつ色々話していたら「お前ら暴走族か?」なんて聞かれたので、経緯を説明していると「なんだ、喧嘩の邪魔して野暮だったな」と謝ってきた。
その頃には打ち解けていた俺とそのおじさん、急に「ちょっとうちの若いもん試すのに協力してくれないか?」と言い出した。
おじさんの事務所に電話し出し「今絡まれてんだよ、そうそうあのラーメン屋台な」電話を切りにんまりするおじさん。
五分もしないうちに明らかにそっち方面の集団が俺達を取り囲み、怒声を浴びせかけられた。
襟元など引っ張られてうんざりした俺が「そろそろいいんじゃないすか?」と言うと「お前らがすぐに俺の危険に駆け付けるか試したんだ、その手を離せ。客人だ」と伝えるとその若い衆の人達も「悪かったな」と渋々解散していった。
そのおじさんに名刺を渡され「ここいらで何かあったら頼ってこいよ」「自分の問題は自分で何とかします」などやり取りし、別れた。
後で分かったのが、本当に偉い人だったらしく、当時のその団体(連合体)でも上の方から片手に入る人だった。
もう亡くなってしまったそのおじさん、亡くなる前にもう一度飲みたかった。
気持ちのいいおじさんだったから。
何が言いたいのか、人はうわべだったり見た目では判断し難いという事。
人それぞれに歴史もあれば、見た目だけではその人の背骨までは分からない。
見るからに怖そうな人が優しかったり、どう見ても真面目そうな人がとんでもない犯罪者だったり。
今の時代見た目先行での判断する人が多いように感じる事が多いけれど、誰が刃物を隠し持っているのかなんて分からない。
だから人を見た目で判断しないし、なんとなくそのあたりの空気感は読めるようになった。
悪そうな人より、本当に恐い人の区別が付く。
悪そうな人や恐そうな人は、悪くも恐くもない。
恐い人は本当に恐い。
街中には恐い人が実はたくさんいる。
恐い人だって気付いた時はもう遅い事もあるので、ほんの少し危機感を持つのは大切だよという警告込みのお話。
16か17歳の時に、いつもたむろしていた場所で意気がっていた時、見知らぬ30代くらいのサラリーマンとぶつかったぶつからないで軽く揉めた事があった。
見た目は普通のおじさんなのに、やけに掛け合いに迫力があった。
「手前えら今は現役の不良かも知れないけどな、こうしてネクタイ締めた連中の中にも昔不良だった人間は山ほどいんだよ」と言われた時、素直に「なるほど」と感心してしまった事があった。
20代前半でまだ血気盛んだった頃、友人のMと中野で飯食った後、バイクの暖気の為吹かしていた友人に対し、道の向かい側にいたキャバクラのキャッチが「チッ、うるせーな」と言ったのを聞き逃さなかった。
友人に「もっと吹かせ」と言い、じーっとキャッチを見ているとキャッチが気まずそうにしていた。
次の瞬間「うるせえぞ、この餓鬼共!」とキャッチとは違う方向から怒鳴り声。
背の小さなおじさんが顔を真っ赤にしながら詰め寄ってきた。
「酔っ払いか」くらいにしか思わなかった俺は、おじさんが振り上げている拳を掴んで「はーいはいごめんなさいねー」と軽くおちょくるようにしていた。
しばらくして野方署の自称マルBが現れ「お前らこの餓鬼、この人はここいらの貸元だぞ、悪い事言わないから謝れ!」と言ってきた。
「マルBは一般人守らねえでそっち守るのかこら」とかやいやい言って。
しばらくすると、冷静になったおじさんが「俺もカッとなっただけだから、もういいよ。屋台のラーメン食ってたんだけどお前らもどうだ?」と言い出した。
ビールならなんて言いつつ色々話していたら「お前ら暴走族か?」なんて聞かれたので、経緯を説明していると「なんだ、喧嘩の邪魔して野暮だったな」と謝ってきた。
その頃には打ち解けていた俺とそのおじさん、急に「ちょっとうちの若いもん試すのに協力してくれないか?」と言い出した。
おじさんの事務所に電話し出し「今絡まれてんだよ、そうそうあのラーメン屋台な」電話を切りにんまりするおじさん。
五分もしないうちに明らかにそっち方面の集団が俺達を取り囲み、怒声を浴びせかけられた。
襟元など引っ張られてうんざりした俺が「そろそろいいんじゃないすか?」と言うと「お前らがすぐに俺の危険に駆け付けるか試したんだ、その手を離せ。客人だ」と伝えるとその若い衆の人達も「悪かったな」と渋々解散していった。
そのおじさんに名刺を渡され「ここいらで何かあったら頼ってこいよ」「自分の問題は自分で何とかします」などやり取りし、別れた。
後で分かったのが、本当に偉い人だったらしく、当時のその団体(連合体)でも上の方から片手に入る人だった。
もう亡くなってしまったそのおじさん、亡くなる前にもう一度飲みたかった。
気持ちのいいおじさんだったから。
何が言いたいのか、人はうわべだったり見た目では判断し難いという事。
人それぞれに歴史もあれば、見た目だけではその人の背骨までは分からない。
見るからに怖そうな人が優しかったり、どう見ても真面目そうな人がとんでもない犯罪者だったり。
今の時代見た目先行での判断する人が多いように感じる事が多いけれど、誰が刃物を隠し持っているのかなんて分からない。
だから人を見た目で判断しないし、なんとなくそのあたりの空気感は読めるようになった。
悪そうな人より、本当に恐い人の区別が付く。
悪そうな人や恐そうな人は、悪くも恐くもない。
恐い人は本当に恐い。
街中には恐い人が実はたくさんいる。
恐い人だって気付いた時はもう遅い事もあるので、ほんの少し危機感を持つのは大切だよという警告込みのお話。