考え方の変化のお話。

昔から人に相談事を持ちかけられる事がとても多く、力になれる事は色々と助言したりしていた。

だが時折面倒なものだったり、関与したくないものもあり、そういう時はスルーする事にしていた。


このお話は精神的に弱さのある友人からの相談に対しての心境の変化のお話。

自分には過去殺すか殺されるか、もしくは自殺で形をつけなくてはならないかも知れない、そういう壮絶な体験をした時期が数ヶ月続いた事がある。

それを乗り越えた俺は、精神的な弱さのある友人から相談を受けても「死にはしない、大した事ではない」としか思えず対応はとても冷たいものだったと思う。

きっと以前に体験した事との大変さと比べ「そんな事は苦しいものではない」と主観的に判断していたからだと思う。


しかし友人が増えるにつれその考え方が変わっていった。

色々な人に触れ、色々な考え方や受け取り方がある事を学ぶようになった。

人によっては「そんな事も辛く思うの?」という事でも悩んでいる事を知るった。

十人十色、それまでは自分の主観で見ていた事をやめ、様々な視点から話を聞くようにする事にした。

この辺りから短気を起こす事もなくなっていった。


人が人に相談をする事は、解決法を与える事が大事なのではない事に気づいた。

俺に出来る事がその人にとっての解決法とは限らないから。

まずは話をじっくり聞き、その人の視点で考える事の大事さに気づく。

本当は吐きたくもない、聞かせたくない事を相談するという事は、その人にとっては物凄く大きなものなのかも知れないと思うようになったから。


ある友人から相談を受け、真剣に聞いていたところ「なんでオサムさんは何度も相談しても面倒そうにしないの?」と聞かれ答えた。

「俺以外相談できないから俺に相談しているんでしょ。だから俺は聞くよ」


「メンヘラ」や「構ってちゃん」という言葉を耳にするけど、誰しもみんなそういう要素も、自己顕示欲だってあると思う。

精神的な弱さだって、俺も抱えているかも知れない。

だから俺に相談する友人の話は、全て真摯に聞こうと思う。

借金の申し込みは聞かないけれど。


きっとこれからも友人は増えていき、色々な考え方を学んだり、また相談を受ける事もあると思う。

でもそういう一つ一つが自分を成長させてくれる、そう思う。

今現在の自分を育ててくれた友人達に感謝しつつ、今後も成長できたらいいなあ。