小学五年生の夏休み。

剣道の合宿で群馬県に行く道中、バスの中解放された気持ちと、楽しい事が起きる期待感に胸をときめかせていた。

合宿の旅館に着き、荷物を運ぶとすぐに練習開始、それはとても過酷なものだった。

練習を終えると夕食の用意がしてあり、みんな無言で頬張った。

夕食が終わり、旅館の売店コーナーで一つの玩具を見付ける。

何のキャラクターか分からない車の玩具だった。

タイヤは粘着力のある材料で造られたそれを購入、合宿に来ていた少年達を集めちゃぶ台の片側の脚を折り、賭けを募った。

ルールは賭け金の倍返しというシンプルなものだったが、大一番では人気のない玩具のタイヤの粘着力を気付かれないよう細工し、親の一人勝ちになった。

みんなおやつ代として持ってきたお小遣いが、合宿の初日の晩にいかさまですられる事になるとは思ってもいなかったであろう。

俺は勝った賭け金の中から一部みんなに返金した、賭場の足代システムだ。

当時は今のように携帯ゲームも普及していなかったので、自分達でルールを作って遊ぶ事しかできなかった。


翌日も朝から練習に励み、昼食を終えた時師範の口から嬉しい言葉を聞く事ができた。

近くを流れる川で遊ぼう、遊ぶのも体力づくりだぞという真夏の少年達には美しい提案。

みんなはしゃいで川に降りていく。

泳ぎは得意だったので川遊びを楽しんでいた。

当時中学生だった先輩達や、大人の師範も足のつかない急流ポイントが見付かると、自然と泳げる少年の勇気試しの場所に変わった。

流れの速い川を渡り、奥の岩にタッチして戻ってくるという勇気試し。

戻ってくるなり川の流れの速さや深さを興奮気味に語り合っていた。


一人うつむく少年がいた。

泳ぎが得意ではない一つ年上の少年、なぜだったかその少年と一緒に渡る事になった。

はじめのうちは落ち着いて泳ごうと頑張っていたが、足のつかない場所に差し掛かると気が動転し始め、一心不乱に俺に抱きついてくる。

こうなってしまったら人を落ち着かせる事はできないと知った頃には後の祭り、両肩を掴まれ俺は川の底、見上げた空はきらきら揺らめいていた。

息を止める事に限界を感じた次の瞬間、自然に思いきり吸い込む。

その瞬間気付いた事、自分の意思で息を止めるという事をしない限り、自分はいつも呼吸をしていたという事実。

思いきり水を肺に吸い込んだ瞬間、電源を落としたように目の前は暗くなり、意識を失った。

どのくらいの時間が経ったのかは分からない。

川縁の岩にうつ伏せで咳き込んだと同時に水を吐き出した。

さっきまで賑わっていた急流ポイントにはもう誰もいないようだった。

誰に助けられたのか、意識がなくなってからどのくらい経過したのか、全く分からない。

ただ一つ考えるようになったのは、きっとあの電源を落としたようなパチンと真っ暗になる、あれが死ぬという事なんだろうという事。

死後の世界や輪廻転生を信じなくなったきっかけの出来事。


あ、幽霊とか信じていないけれど、夢か現か不思議な体験はありますが、それはまたのお話。