松井大輔 「日本には帰りません」 | マンチェスター・ユナイテッド大好き野郎ブログ

松井大輔 「日本には帰りません」

松井大輔今期中はグルノーブルに残留


フランスリーグドゥ(2部)グルノーブルのMF松井大輔が

9日、今季中はグルノーブルでプレーすることを明かした。


松井は「監督からも必要だ言われた。最下位なんで得点、

アシストで活力になりたい」と話した。


昨年末でロシアプレミアリーグのトム・トムスクから保有権を持つ

グルノーブルに戻り、去就が注目されていた。

松井はアジアカップで右太ももを痛めて離脱し、リハビリを続けて

きたが、今週からチーム練習に合流。

この日のミニゲームでも左足で鋭いシュートを決めた。


12日の古巣ル・マン戦ではメンバー入りが確実。

「ずっと欧州にいます。自分を必要としてくれるところへ行きたい。

日本には帰りません」と現役中は欧州でプレーする考えを示した。



やっぱり松井は海外でプレーすることに決めたみたいですね。

Jのクラブが獲得しようと動いていたみたいやけど、松井には

まだまだ海外でプレーして欲しいし、フランス以外のクラブで

プレーするとこも見てみたいです。


ここで終わろうかと思ったんやけど、過去に松井がキングカズに

手紙を送った記事を載せますね。


つい最近知った”カズへの手紙”ってコラム?になるのかな?

すごく興味深い選手ばかりで、毎日少しづつ読むのが楽しみです。





カズへの手紙 松井大輔より。


僕にとっての「カズ」といえば、'93年のドーハの時、日本代表の

青いユニフォームを着て戦う姿でした。

当時はまだ小学生でしたが、強烈な印象をうけました。
2000年に僕は京都でプロ生活を始めることになり、最初の日、

カズさんが「おう、よろしくな」と気軽に声をかけてくれて、こっちは、

一瞬小学生の時の気持ちに戻って「おお、カズさんや~」と、

感動しました。

カズさんも僕たちと同じく寮で生活していたので、それ以来、

ピッチの内外で自然と「つるむ」ことが多かった。
毎朝練習のためにカズさんを部屋によびにいくと、その日の

ファッションについて必ず「今日の服どう?」と聞かれるので、

「いいんじゃないっすか」と答える毎日でした(笑)。

身近でみるカズさんは、私生活まで含めて、プロのサッカー選手の

お手本そのもので、特にアイシングやマッサージなど自分の

体のケアには、本当に真剣に取り組んでいました。

デビュー1年目で自分のサッカーを一から作り直さなきゃいけない

時期に、カズさんのような存在がすぐそばにいてくれたことは、

僕にとっては、幸運なことだったと思ってます。


プレイヤーとしてのカズさんを見ていて、いつも凄いと感じたのは、

シュートの巧さでした。シュート練習でも全部決まる。

僕はよくカズさんに「シュートはコース」と言われたものです。

試合になれば、どんな苦しい状況でも「いつかは必ずカズさんが

点をとってくれる」と信じていたし、まさに“エース”の存在感でした。


結局カズさんとは、1年間しか一緒にできなかったけど、

お互いのオフの日には、神戸まで遊びにいきました。
ブラジル時代、クロアチア時代、それからプレー面でのアドバイス

(「プロなんだから、パフォーマンスに波があったらダメだ」とか)…

会ってもバカ話のほうが多かったけど、それでも貴重な話を聞けました。
今、僕はフランスでやっているわけですが、海外でやることのシンドさは、

行った者にしかわからない、ということがよくわかりました。
本当の意味でハングリーになるということ。

高校を中退してブラジルにいったカズさんのことを、ちらりと考える

こともあります。ここに来る前、神戸からオファーを受けたとき、

実は相当揺れました。
カズさんとサッカーをするのは、本当に楽しかったから。

その楽しさを一言でいえば、「一生懸命やるからサッカーは楽しい」と

いうことだと思ってます。
カズさんは、いつも「代表」を意識していましたよね。

その実力も実績もあると思います。
もう一度、日本代表という舞台で、あのときみたいに、カズさんと

サッカーができたら、最高です。


                             松井大輔




(松井大輔へカズからの返信)


いよいよ新シーズンのスタート。

この号が出る頃には、開幕戦を終えているはずですが、

結果はどうあれ、まだ長いシーズンは始まったばかり。

プロ20年目の今シーズンも、一戦一戦しっかりと勝負していくので、

応援よろしくお願いします。


大輔の第一印象は、

「生意気」の一言(笑)。怖いもの知らずで、10代だったころの自分を

みているような雰囲気もあった。

でもすごく人懐っこくて、僕にも積極的に話しかけてきてくれた。

二人とも寮生活だったから、いつも一緒に練習してメシ食ってサウナ行って…

波長も合ったのか、いつの間にか仲良くなっていたね。


グラウンドで大輔を最初にみたとき、「こいつはちょっとモノが違うな」と

いうのはすぐにわかった。

高校を卒業してすぐの選手は、普通いくら「巧い」といったってプロの

レベルに達してないことがほとんどなんだけど、あいつの技術、

とくにドリブルには可能性を感じた。

独特のリズムがあって、体の方向とか向きが、普通の選手と違う。

ゲーム中、相手に囲まれて「あ、とられる」と思っても、なぜかとられない。

股関節の柔らかさは、アフリカ人っぽくて、日本人でああいうドリブルを

するヤツは珍しいよね。

まあ、本人が手紙でも書いていた通り、パフォーマンスに波があったのは

確かだけど、それは年齢を考えればむしろ当然のことで、

僕だって18歳のころはそうだった。

それでも1年目でカップ戦、リーグ戦含めて30試合に出場、しかも主力として

チームに貢献したのは素晴らしいことだと思う。

当時の京都は僕がワントップで、大輔とパク・チソン(またはヘジス)が

トップ下に2枚ならぶ形。

それで彼らが動き回る分、僕はペナルティエリアの幅から動かず、

ゴールを奪うことだけに集中できた(今、神戸では僕が大輔がやっていた

ようなことをやっている)。

とにかくそういうシステムだったからこその活躍('00年シーズンは17ゴール)

だったし、それは今でも感謝している。

大輔と一緒にやったのは、結局1シーズンだけだったけど、

あのときのサッカーは面白かった。

「生意気」とは言いながら、大輔の場合、サッカーに対する姿勢は本当に

真摯なものがあった。


二人でサッカーの話をすると、彼が僕に質問することが多くて、

例えば筋トレの方法ひとつとっても、どのタイミングでどれくらいの負荷で

どのくらいの時間やればいいのか、試合の前日はどうか、

逆に試合後はどうか……

本当に細かいところまで熱心に訊かれた覚えがある。

大輔のドリブルは、体の一瞬のキレで抜いていくのが特徴だから、

いかにしてそのキレを失わないようにしながら筋肉をつけるか、

というのはプロのサッカー選手としての「死活問題」だったんじゃないかな。


筋トレを適切な方法でやらなかったために、体のバランスを崩す選手は

決して少なくないからね。

大輔が手紙の中で「自分のサッカーを一から作り直さなきゃいけない」と

書いているのを読んで、当時の大輔の真剣な眼差しを思い出したりもした。

その後、京都と神戸に離れても、たまに会っては、くだらない話を

する関係は続き、とはいえ彼が大事な決断をするときは、

必ず僕に相談してくれた。「可愛がっている後輩」というよりは、僕の中では

お互いにプロとして尊敬しあっている関係だと思っている。

大輔がアテネ五輪代表に選ばれたりすると、

純粋に一ファンとして嬉しかったしね。


大輔、

フランスでの活躍は、こちらでは映像を見れないけど、勝手に想像して

楽しんでます。大輔が直面している状況も、自分の経験から

わかるつもりだけど、大輔の言うとおり、現地で戦っている

人間にしかわからないことだし、大輔ならきっとそこを軽やかに

飛び越えるはずと信じてます。

それから、君はまわりから「ファンタジスタ」と呼ばれて、自分でも

そう思っているフシがあるけど、勘違いしないように(笑)。


僕は、松井大輔は“さすらいのドリブラー”だと思ってます。

一ファンとして、もうしばらくは、やんちゃでいてほしい。

持ちすぎくらいでちょうどいい。いつかも言ったように、ドリブルは、

とられるから文句を言われるわけで、相手を全員抜けば、“神様”になれる。

それがサッカーの面白さだし、みんながスタジアムに足を運ぶ

最大の理由だと思う。

サッカーの流れが変わってきたのか、ロナウジーニョやジダンのように

「遊び感覚」のある選手が、最近注目されているよね。

だから大輔のようなタイプが活きる時が必ず来る。

日本を代表する選手として、いつも自分の望む場所にいてほしい。

それが僕が大輔に望むことです。