「不安障害」
不安障害と聞いたらただ内面で不安が込み上げてくるだけの症状、または障害って思われがち。
だけど、
わたしはこの「不安障害」と20年付き合っていて、
20年も付き合ったら夫婦だったらもうベテランの或に達している。
だけど、
わたしはこの障害と20年付き合ってもベテランの或には達せなくて、
幾度となく障害年金の申請を試みたけど、
市役所の窓口で追い返される始末。
泣けた。
PTSDも同じような場面にさえ出くわさなかったら、
今はもう男の人とも笑って話せるようになった。
鬱も13年の闇から這い出た感がある。
問題はいつまでも居残りをキメているこの不安障害。
これは「どうしよう」という起こってもない事への不安というより、
今目の前に起こった不安への「どうしよう」にとてつもなく脆弱さを見せる。
例えば、
我が家は保護猫活動もやっていて、
野良、または保健所などに入ってきた子猫(命の期限付き)をレスキューして慈しみ育てるのですが、
この家は大富豪でもなければ資産家でもありません。
細々と暮らすこの家で、
愛猫が突然病に倒れた時、既にわたしのパニックが始まってしまったり。
例えば、
買い物へ行き買い物に悩むだけでもお腹がグルグルとなり、
毎度トイレへ駆け込むのが日常になったり、
嫌な人間関係を持つ、
疲れが溜まる、
些細なことで偏頭痛が始まる。
以前に比べれば、
自力で薬に頼らない生活にシフトしたので今は薬も一番軽くて、
夜眠る時に悪夢障害防止のため安定剤も必須です。
ほんとに自分との向き合いをやって良かったと思うのに、
この不安障害は未だわたしを悩ませ苦しめています。
経済的安定。
人間関係の安定。
仕事の安定。
自由を選んで暮らすんだけど、
この「安定三原則」はわたしが生きてく上でとても大事なことだったりします。