私が小さい頃鞭打たれた理由で覚えているもの:
・反抗的だ
・集会に集中していない
・責任転嫁した
・ムチ後の態度が悪い→もう一度ムチ
きょうだいが鞭打たれた理由で覚えているもの:
・はさみで母の筆箱を切ってしまった
ではオンラインライブラリーで「むち たたく 理由」で調べてみましょう
よくあることとして、子どもが心の愚かさのゆえに従おうとしないならなんらかの罰が必要
そして体罰が必要であると神の言葉は述べている
幼児の欠点は大人の不親切ほどとがめだてすべきではない。
しかし子どもが故意にわんぱくな振る舞いをする場合親は不愉快に思い、文字通りのむちが必要かも。
何かを頼んだ→すぐに行おうとしない→思い起こさせる→それでもしない→文字通りのむち
王国会館に遊び道具を持って行くことを許されなかった子どもがかんしゃくを起こす→子どもと推論、罰として身体的なむちが必要な理由
まとめ
・従おうとしない
・わんぱくな振る舞いをする
・頼みごとを、思い起こさせても行おうとしない
・かんしゃく、集会と関連して
考察
・「不従順」以外の理由を容認していた
・「わんぱくな」の意味のわからなさ
→親を不愉快にさせるあらゆる振る舞いが、むち打つ口実になったと推測できる。
・集会に遊び道具を持っていけない、からのかんしゃく
→集会や奉仕、研究など宗教関連のアクティビティに差し障りがある場合もむち打つ口実となりうる。
感想
……個人的には「親に従いなさい」違反だ、とエフェソス6:1を読まされて鞭打たれることばかりだったので、不従順が理由だと思い込まされてきた。
けれどもよく思い出せば親が命じたことを守らなかった事例だけでないし、オフィシャルも不従順以外を認めていることがわかったのは収穫。
責任転嫁について。
何をしたか全く覚えていないのだが、「あなたの行為は責任転嫁にあたる。それはアダムがエバに罪をなすりつけたのと同じこと。よって鞭」
という流れだった。よくよく考えたら不従順ではない。聖書的に正しくない行ないを、それとは知らずに小学2年生の子がやってしまった、という理由で鞭。
「知っていながら行わないのは罪」と聖書にあるが、それにも当てはまらない。びっくり。
オフィシャルの見解として、あらゆる振る舞いがむち打ちの口実となりうる、ということなので
「不従順で子どもが言うことを聞かない場合のみ」などというものではないことがわかった。子どもにとってはこんなに恐ろしい環境はないだろうな。



