‘母’という存在を認識したのは、いつからだっただろう。
私の周りには多くの大人が居て、多くの“おじいちゃん、おばあちゃん”に囲まれて暮らしていた。母方の祖父母、長女の母、婿養子の父、弟たち。親戚一同、ご近所のおじーとおばー。いつから一緒に暮らしていた弟たち。
幼少期の記憶には登場人物がとにかく多かった。
幼稚園から帰ると、いつも駆け回ってお菓子をくれるおばーの家を周っていた気がする。
思い出すのは全開の笑顔で迎え入れてくれる、近所のおばーの笑顔ばかり。毎日が楽しかった記憶しかない。今思えば、愛されてる実感と幸福感を噛み締める笑顔の毎日だった。
唯一怖かったのは、一緒に暮らしていた祖父。普段は目尻を下げて可愛がってくれていたが、怒る時は目尻を釣り上げ、私を怒ってくれた。アメと鞭が上手な人だった。
周りの大人が、祖父には畏怖と尊敬を持って接しているのを子供心に肌で感じていた。自分も祖父の前では小さな緊張感を持っていたのを覚えている。今思うと、典型的なサザエさん一家。今の時代には少なくなった、男尊女卑と性別役割がハッキリしていた家族の形。
そんな多くの大人が居てくれたためか、“母”という存在を認識はしていたが、接点が少なかった気がする。それくらい、会話の記憶もないし思い出の場面に母は登場してこない。
母は典型的なお嬢様だった。