こないだの土曜日のことです。
山岳会での雪遊びを企画しており、参加をしておりました。
行き先は、あまり山深くなく、例の山の上の公園です。
今回は、山岳会のメンバーが6名、一般参加の若者が2名の参加でした。
会長さんは、ジルブレッタの山スキーを引っ張り出してきました。
これで冬に小朝日岳へも行かれたことがあったそうです。
登りは縄を巻いて、下りはこれを外して滑るのは地元の知恵です。

・・・が、残念なことに金具と靴(コバつきの登山靴)の調子がよろしくなく、途中で引き返してかんじきになりました。
今回は、天候が荒れ模様で、カメラが壊れるとよくないので、あまり撮れておりません。
公園までは、冬は除雪しておらず、1.5kmほどの歩きでした。
公園は、真っ白です。こないだひっぱりうどんをしたイグルーはもう潰れており、ほんのちょっと痕跡がでこぼこと残っているのみでした。

公園では、イグルーの制作方法の確認。(これはぼくが実演する形で)
雪の山で、雪洞を作る適切な場所が見つからない場合などにも使えるだろうということで、練習をしました。出来るけれど作らないのと、出来ないから作れないのは、おなじように見えてまるっきり別ですものね。生き延びるための手段はたくさんあったほうがよいと思うのです。

雪崩の際のアヴァランチビーコンの捜索の練習。公園のどこかに埋めたビーコンを探しました。
今シーズンに付近の山で、雪崩による遭難があり、その際にはビーコンを装着していたために遺体の発見が早かったそうです。(もちろん生きているのを発見できれば一番ですが)

このほか、顧問による弱層テストの実演を。
この日は、新雪の中にかなり弱い弱層があり、切り出した雪柱にスコップを載せて、一度だけぽん、と叩いたショックで層がずれていました。こんな状態で傾斜のあるところをスキーで横切ったらどん!と滑ることでしょう。
練習などには、日帰りのメンバーと、一般参加の若者二人も参加しておりましたが、14:00ごろに日帰り組は下山に。
宿泊組の5名は、宿泊の準備です。
テントも背負っていきました。会の装備で、昨年に購入したものですが、なかなか出番無く。
今回が初登場でした。
ぼくはせっかくなので、イグルーをもう一棟建築し、そこに泊まることにしました。

その後、夕食を食べたり、アルコホルを摂取したり、ぼくはカフェインを摂取したり。
ろうそくがひとつあるとほんのりと暖かい気持ちになります。

あずまや。背景に街の灯りも見える時間に。

だいぶ日が暮れてきました。

今夜のぼくの宿でございます。
見てのとおり、内部空間をできるだけちいさくするように作ってみました。(このギリギリに小さくしたサイズが後に・・・)

この夜は、ぼくが時折練習に行っているちいさなスキー場でお祭りがあり、数発ですが花火のあがる予定でした。

すっかり暗くなりました。
ろうそくは、イグルーの前へ。
ほかのメンバーはテントに入りました。

ぼくはせっかく花火があがるのだからそれを見てから(昨年に花火への寄付をしていました)と思いスキー場を眺めて過ごしていました。

なかなか上がらないもので、スキー場にいるはずの知り合いに電話したら、仙台から山形への道路で何箇所も雪崩が発生し、通れる峠が無くなってしまったとのこと。
14日の夜からの太平洋側の大雪で、宮城側の道路の斜面で雪崩れたようなことでした。
今回の太平洋側の大雪の気圧配置は、南岸低気圧などと呼んでいる気圧配置で降ったものですが、元々の雪国に雪が降る気圧配置とはちょっと仕組みが違っているようです。
日本海側の元々雪が多いところにたくさん雪が降るのは、たいてい日本海で発生した低気圧が、東北地方を横切って岩手沖へ抜け発達して強い冬型となり降ることが多いです。
今回の低気圧では、日本海側では風はやや強いものの、雪はいつものとおり(やっぱり降るんですが)になっていました。
このあと、イグルーで眠りにつきました。
山岳会での雪遊びを企画しており、参加をしておりました。
行き先は、あまり山深くなく、例の山の上の公園です。
今回は、山岳会のメンバーが6名、一般参加の若者が2名の参加でした。
会長さんは、ジルブレッタの山スキーを引っ張り出してきました。
これで冬に小朝日岳へも行かれたことがあったそうです。
登りは縄を巻いて、下りはこれを外して滑るのは地元の知恵です。

・・・が、残念なことに金具と靴(コバつきの登山靴)の調子がよろしくなく、途中で引き返してかんじきになりました。
今回は、天候が荒れ模様で、カメラが壊れるとよくないので、あまり撮れておりません。
公園までは、冬は除雪しておらず、1.5kmほどの歩きでした。
公園は、真っ白です。こないだひっぱりうどんをしたイグルーはもう潰れており、ほんのちょっと痕跡がでこぼこと残っているのみでした。

公園では、イグルーの制作方法の確認。(これはぼくが実演する形で)
雪の山で、雪洞を作る適切な場所が見つからない場合などにも使えるだろうということで、練習をしました。出来るけれど作らないのと、出来ないから作れないのは、おなじように見えてまるっきり別ですものね。生き延びるための手段はたくさんあったほうがよいと思うのです。

雪崩の際のアヴァランチビーコンの捜索の練習。公園のどこかに埋めたビーコンを探しました。
今シーズンに付近の山で、雪崩による遭難があり、その際にはビーコンを装着していたために遺体の発見が早かったそうです。(もちろん生きているのを発見できれば一番ですが)

このほか、顧問による弱層テストの実演を。
この日は、新雪の中にかなり弱い弱層があり、切り出した雪柱にスコップを載せて、一度だけぽん、と叩いたショックで層がずれていました。こんな状態で傾斜のあるところをスキーで横切ったらどん!と滑ることでしょう。
練習などには、日帰りのメンバーと、一般参加の若者二人も参加しておりましたが、14:00ごろに日帰り組は下山に。
宿泊組の5名は、宿泊の準備です。
テントも背負っていきました。会の装備で、昨年に購入したものですが、なかなか出番無く。
今回が初登場でした。
ぼくはせっかくなので、イグルーをもう一棟建築し、そこに泊まることにしました。

その後、夕食を食べたり、アルコホルを摂取したり、ぼくはカフェインを摂取したり。
ろうそくがひとつあるとほんのりと暖かい気持ちになります。

あずまや。背景に街の灯りも見える時間に。

だいぶ日が暮れてきました。

今夜のぼくの宿でございます。
見てのとおり、内部空間をできるだけちいさくするように作ってみました。(このギリギリに小さくしたサイズが後に・・・)

この夜は、ぼくが時折練習に行っているちいさなスキー場でお祭りがあり、数発ですが花火のあがる予定でした。

すっかり暗くなりました。
ろうそくは、イグルーの前へ。
ほかのメンバーはテントに入りました。

ぼくはせっかく花火があがるのだからそれを見てから(昨年に花火への寄付をしていました)と思いスキー場を眺めて過ごしていました。

なかなか上がらないもので、スキー場にいるはずの知り合いに電話したら、仙台から山形への道路で何箇所も雪崩が発生し、通れる峠が無くなってしまったとのこと。
14日の夜からの太平洋側の大雪で、宮城側の道路の斜面で雪崩れたようなことでした。
今回の太平洋側の大雪の気圧配置は、南岸低気圧などと呼んでいる気圧配置で降ったものですが、元々の雪国に雪が降る気圧配置とはちょっと仕組みが違っているようです。
日本海側の元々雪が多いところにたくさん雪が降るのは、たいてい日本海で発生した低気圧が、東北地方を横切って岩手沖へ抜け発達して強い冬型となり降ることが多いです。
今回の低気圧では、日本海側では風はやや強いものの、雪はいつものとおり(やっぱり降るんですが)になっていました。
このあと、イグルーで眠りにつきました。