まち歩きはもうちょっと続きます。
最上川近くの通りを北へ。
塩と壁に書いてあるおうちです。
かつては塩屋さんだったのでしょうか。
今になると、塩が専売品であったのは不思議なくらいですが、調べてみると自由化されたのは2002年とかなり最近のことでした。そういえば、そのころにはお米の流通も変化したような記憶があります。ちょっと前のことのはずなのに覚えていないものですね。

さて、歩いていきますが、このあたりを歩いたことは何回か書いていましたから、今回は道ばたの路地や水路やそんなのを載せてみます。
橋の欄干が舗装に埋もれかけているのがありました。
下の穴のバランスがあまりよくないので、少し前にはもっと見えていたんだろうと想像します。
こんなふうにして、だんだんと地層に埋まっていくのかしらん?なんてはなしをしたりしていました。

なんともない水路のようですが、この水路のルートはかなり古い絵地図にも描かれてあったりします。
素材がコンクリになったりはするわけですが、地形や土地利用が古くからそのままであるのを示しているのでしょう。

道に面した家の奥の敷地の境目に、今は使われていなさそうな階段が見えました。
階段には木が横たわっており、上のほうは草の伸びております。

歩いていくと、先ほどの水路の上流部分がありました。
10年ほど前に、このあたりも下水道が整備されて水路も綺麗になったところが多くなったように思います。よろしくないにおいもしませんでした。
人が歩く分には、水路はあまり気にしませんが、動物などにとっては、水路なども大事なルートのひとつかなと思いました。

電線の向こうの青空に白い月が浮かんでいます。

古い注意書きがありました。
ううむ、なんとか読めそうな箇所もあります。
煙草ノ火ヲ捨テルベカラズ、でしょうか。
墨で書いてあったところが、墨のある分だけ磨り減りにくかったのでしょう。

この板塀は今は道路に面していません。
このちょっと北へ新しい道路ができたのです。
今ここの隙間みたいなところを通るのは、猫や子どもたちか、物好きの大人か、そんなところでしょうか。

塩、とポスト。

さて、立派なおうちにつきました。
ここはかつて、造り酒屋さんだったそうです。
こんなふうな風格ある建物と、新しい建物と、昭和の香りのする名残のような建物と、そんなのが同居しているのですね。

こういったおうちは、ディティールを眺めると面白いです。
でも、みなさんが気にかけて眺めるおうちなので、掃除や手入れはかなりたいへんだろうなあなんて思います。くもの巣もかかったままにはしておかれませんものね。

もうちょっと歩くと、昨年あたりまで古い料亭だった建物のあったところが空き地になっていました。
間口は狭いのに、奥行きの深いこと深いこと。
間口の10倍ほどはあるでしょうか。
こんなふうな土地の利用は、かつて城下町で間口に税がかかっていたころの名残なのでしょう。
そのうちにまたなにか建つのかな?
こんなふうな土地に建物を設計するのも楽しそうです。

商店街に行くと、昭和の香りの酒屋さんの土間でたい焼きやさんをしているお店でたい焼きを求めました。
焼きあがったたい焼きの飛び出るところ。

すぽん、とできあがりました。
一匹一匹を焼く型で焼いているようで、たくさんの型の並んだタイプのたい焼きの板で焼いたものは、養殖もの、このように一匹ずつ焼くのが天然もの、なんて言っているかたもありました。

たい焼きと商店街の様子。
ちなみに、時折たこ焼きもやっているようなんですが、ぼくはまだ食べたことがありません。

たい焼きを食べたら、そろそろ帰りの時間です。
道沿いから見える窓の上の小屋根の金具なども楽しいですね。今はこんなふうな装飾はあまり見なくなりましたね。

ええと、そのようなことで、スタート地点の駅に戻り、まち歩きは昼ごろに終了しました。
解散直後、駅前の道路をにゃんこが渡っていきます。
にゃ~ん。

無事に渡りましたね。
このあたりは、時間によってはクルマが多く通りますが、普段は静かな道路です。

というようなことで、まち歩きの様子はおしまいです。
実際にはもっとアカデミックなおはなしがたくさんあったのですが・・・メモしない気分の日でした。気持ちのよい青空でありましたからね。
昼からは田んぼに行き、天日乾燥中のイネ返し作業になりました。
最上川近くの通りを北へ。
塩と壁に書いてあるおうちです。
かつては塩屋さんだったのでしょうか。
今になると、塩が専売品であったのは不思議なくらいですが、調べてみると自由化されたのは2002年とかなり最近のことでした。そういえば、そのころにはお米の流通も変化したような記憶があります。ちょっと前のことのはずなのに覚えていないものですね。

さて、歩いていきますが、このあたりを歩いたことは何回か書いていましたから、今回は道ばたの路地や水路やそんなのを載せてみます。
橋の欄干が舗装に埋もれかけているのがありました。
下の穴のバランスがあまりよくないので、少し前にはもっと見えていたんだろうと想像します。
こんなふうにして、だんだんと地層に埋まっていくのかしらん?なんてはなしをしたりしていました。

なんともない水路のようですが、この水路のルートはかなり古い絵地図にも描かれてあったりします。
素材がコンクリになったりはするわけですが、地形や土地利用が古くからそのままであるのを示しているのでしょう。

道に面した家の奥の敷地の境目に、今は使われていなさそうな階段が見えました。
階段には木が横たわっており、上のほうは草の伸びております。

歩いていくと、先ほどの水路の上流部分がありました。
10年ほど前に、このあたりも下水道が整備されて水路も綺麗になったところが多くなったように思います。よろしくないにおいもしませんでした。
人が歩く分には、水路はあまり気にしませんが、動物などにとっては、水路なども大事なルートのひとつかなと思いました。

電線の向こうの青空に白い月が浮かんでいます。

古い注意書きがありました。
ううむ、なんとか読めそうな箇所もあります。
煙草ノ火ヲ捨テルベカラズ、でしょうか。
墨で書いてあったところが、墨のある分だけ磨り減りにくかったのでしょう。

この板塀は今は道路に面していません。
このちょっと北へ新しい道路ができたのです。
今ここの隙間みたいなところを通るのは、猫や子どもたちか、物好きの大人か、そんなところでしょうか。

塩、とポスト。

さて、立派なおうちにつきました。
ここはかつて、造り酒屋さんだったそうです。
こんなふうな風格ある建物と、新しい建物と、昭和の香りのする名残のような建物と、そんなのが同居しているのですね。

こういったおうちは、ディティールを眺めると面白いです。
でも、みなさんが気にかけて眺めるおうちなので、掃除や手入れはかなりたいへんだろうなあなんて思います。くもの巣もかかったままにはしておかれませんものね。

もうちょっと歩くと、昨年あたりまで古い料亭だった建物のあったところが空き地になっていました。
間口は狭いのに、奥行きの深いこと深いこと。
間口の10倍ほどはあるでしょうか。
こんなふうな土地の利用は、かつて城下町で間口に税がかかっていたころの名残なのでしょう。
そのうちにまたなにか建つのかな?
こんなふうな土地に建物を設計するのも楽しそうです。

商店街に行くと、昭和の香りの酒屋さんの土間でたい焼きやさんをしているお店でたい焼きを求めました。
焼きあがったたい焼きの飛び出るところ。

すぽん、とできあがりました。
一匹一匹を焼く型で焼いているようで、たくさんの型の並んだタイプのたい焼きの板で焼いたものは、養殖もの、このように一匹ずつ焼くのが天然もの、なんて言っているかたもありました。

たい焼きと商店街の様子。
ちなみに、時折たこ焼きもやっているようなんですが、ぼくはまだ食べたことがありません。

たい焼きを食べたら、そろそろ帰りの時間です。
道沿いから見える窓の上の小屋根の金具なども楽しいですね。今はこんなふうな装飾はあまり見なくなりましたね。

ええと、そのようなことで、スタート地点の駅に戻り、まち歩きは昼ごろに終了しました。
解散直後、駅前の道路をにゃんこが渡っていきます。
にゃ~ん。

無事に渡りましたね。
このあたりは、時間によってはクルマが多く通りますが、普段は静かな道路です。

というようなことで、まち歩きの様子はおしまいです。
実際にはもっとアカデミックなおはなしがたくさんあったのですが・・・メモしない気分の日でした。気持ちのよい青空でありましたからね。
昼からは田んぼに行き、天日乾燥中のイネ返し作業になりました。