田んぼの近くのメナモミです。
オナモミはとげとげで服にくっつきますが、こちらはぺとぺとして服にくっつきます。
山の草とか花とか虫とか-メナモミ

近くにはエゴマの赤紫蘇っぽいものもありました。
シソなのかエゴマなのかもうわからないのですが、うちの畑に今年植えられたシソ(いえ、エゴマ)は、道ばたに生えているこれらのうち、より青紫蘇っぽいものをじいさまが選んで、畑の耕したところに植え、こやしをやると食卓に上がるシソになる、と。
野草なのか野菜なのか、その境界をあいまいにしているものであります。
うちではこれを、シソと思って子どものころから食していましたが・・・。
山の草とか花とか虫とか-エゴマの赤じそっぽいもの

スギの枝の先には、来春の雄花がもうスタンバイしておりました。
山の草とか花とか虫とか-スギの雄花

こちらはスギの実です。
マツの実はまつぼっくりですが、スギの場合にはすぎぼっくりになるのでしょうか。
山の草とか花とか虫とか-スギの実

田んぼの上をパトロールするオニヤンマ・・・、ではなくこちらはルリボシヤンマでありました。
オニヤンマに見間違うくらいに大きなヤンマで、でも、飛び方がオニヤンマと違っています。
オニヤンマは決まったルートをくるくる巡回しますが、こちらは田んぼの一角でぴたっと停止して、時折、縄張りに入ってくるほかのオスを追いかけたりしています。
山の草とか花とか虫とか-ルリボシヤンマ
いえ、写真ばかり撮っているのでなく、作業も着々と(ほんとですかね?)進んでおるのです。

金曜の夜には、お月見の日(昨日の19日の夜ですね)の星の教室の打ち合わせをしたりしていました。そちらのおはなしは後ほど。
星好きの本屋さんは、先月のスピカ食(おとめ座のスピカが月の向こう側に隠れる現象)を観測されて、打ち合わせの間に見せてくれました。パソコンのソフトで高度を計測して、グラフにしてくれたりするのです。
いえ、打ち合わせも着々と(ほんとですかね?)進んでおりました。
山の草とか花とか虫とか-観測記録

わが家の田んぼ。
段々ですね。
元々沢のある地形を生かして段々の田んぼにしてあるところです。
山の草とか花とか虫とか-段々の田んぼ

稲穂は黄金色に輝いております。
一段上のところの杭には、ちいさな木が2本、水平に結びつけてあります。
それに刈ったイネを束にしたものを井桁のように積んでいくのです。
山の草とか花とか虫とか-横木の付いた杭が見える

刈り取り前の田んぼの地面を見てみましょう。
田んぼのふちの日当たりの良いところには、日向を好む草たちが育って茂っております。
大きくなるヒエなどは手作業で刈ったりするのですが、小さな草などはなんにも支障がない(余分の肥料を吸ってくれ、虫の種類が増えます)のでそのままです。
山の草とか花とか虫とか-田んぼの草

地面がひび割れておりますね。
稲刈りの際に作業しやすいようにと、倒伏しないように干してあります。
草は、田んぼの一枚一枚が状況が違っています。
今年は春先に水不足になったことがあり、その先に水を深めにできなかったところでは早くから草が生えました。逆に水を深くしてあったところでは、草の芽生えが遅く(おたまじゃくしが相当食べてくれたと思っておりますが)あまり生えていませんでした。
山の草とか花とか虫とか-田んぼの草2

今年は、ちょっと倒伏してしまったところもありました。
こやしは、入れれば入れるほど良いのでなく、量が多すぎると食味は悪くなり、草丈が大きくなってこんなふうに倒れてしまいます。こやしはなるべく使わずに最低限ぎりぎりで使うことと、じいさまの教えです。(あまりに少ないと、穂ももみも少なくなるのでこれもいけません)
倒れてしまったところは、時間が経過すると腐ってしまったり、機械では刈れないので、手作業で鎌で刈ることになってしまいます。
山の草とか花とか虫とか-倒伏してしまったところ

さて、こないだの日曜には、秋祭りがありました。
台風の来る前日のことでした。
秋祭りは、このところは雨の降らない年が続いていたんだそうですが、10年以上ぶりに雨になってしまったとのことでした。
山の草とか花とか虫とか-秋祭り、雨

この日は、午後からお仕事だったので午前中のみ秋祭りのほうへ参加しておりました。
今年はぼくはご祝儀集めのクルマ(会計さんが乗っているのです。あと、みなさんの飲み物も)の運転手で、お祭りの列の最後尾を追いかけておりました。
山の草とか花とか虫とか-進む囃屋台

御神輿も出ておりました。
ぼくが見かけたので3つの御神輿でした。
もうちょっと離れた集落でも御神輿が出ていたそうなので、全部で4つでしょうか。
山の草とか花とか虫とか-御神輿1

こちらは別な御神輿。わっしょいわっしょい。ですね。
山の草とか花とか虫とか-御神輿2

この日の秋祭りは、この囃屋台が二台、御神輿が4つ(多分)、シシ踊り(獅子舞でなく、ちょっと違ったものです)が2つ、相撲甚句というのがひとつ、あとはダンスのチームがひとつ。出ていました。このほかに、山のほうの集落のお祭りもあったようです。
ここの1万人に満たないちいさな町なのですが、なかなかの数の屋台や御神輿があるものですね。どのくらいの数があるのが普通なのかわかりませんがかなりの参加率でないと成り立たないのでないかと思っておりました。

今年は雨のなかをしょんぼりと帰るように見えてしまいますけれども。
山の草とか花とか虫とか-雨の囃屋台

秋祭りがこないだの日曜であったのは、八幡神社のご縁日であったからだそうです。
ぼくは子どものころからのこの時期には、もちろん稲刈りのシーズンなので、このお祭りに顔を出すようになったのはここ数年のことです。(それ以前は見に来たこともありませんでした。だって稲刈りしているのですもの)

いろんな地域に古くからのお祭りや行事が残っておりますね。
最近は、農村の活性化のイベント、というので新たに仕組まれるものも多くなっているように思います。

このところ、かつてからあったお祭りと新たに仕組まれるイベントの違いについて考えておりました。

古ければよいというものではありませんが、かつてから催されて、今に残るお祭りや行事を見ていると、季節の進み具合や農作業、あるいは生業の様子にあわせてされているという感じがしています。
冬には冬の間の行事(雪国では雪の時期にはお祭りでもしないと顔を合わせることが少ないからではないか、と。)、春には田植え踊りや虚空蔵様(「高い山」という名前で呼ばれております)、8月の末にあったのは台風シーズン前の風祭、またこの秋祭りなどは、収穫祭にあたる時期でしょうか。詳しく書き連ねるともっとありますが長くなるのでやめておきましょう。

で、「農村の活性化のイベント」のほうです。
「ノウソンガカッセイカ」したのはどういった状態なんだろうか、としっくりこなくているのです。
インターネットで「農村活性化」と検索してみると、「地域イベント」「地域住民のコミュニケーションを高める」「グリーンツーリズムによる都市と農村の交流」「6次産業化」とキーワードはとにかくたくさん出てきます。

うちの近くに住まいしている人が、都会に行くと、たくさんの人が歩いているのを見て、「どこでお祭りしているのかな?」と思ったら、いつもの様子であったということを幾度も聞きます。
ぼく自身も東京などに行くと、ほんとにお祭りみたいだと思います。

「ハレとケ」ということについて、数年前に書いたことがありました。

ハレは「ハレの舞台」のハレ。めでたいこと、お祭り、非日常の状態であること。
ケは普通の状態、日常。

このハレとケというのはぼくが学生自体に授業を受けた中で聞いたこと(当時の流行だったのだと思います)ですが、あわせて、都市というのは、「ハレ」の常態化したもの、ではないか、というようなこともあわせて聞いた記憶があります。普段は農村で暮らしている人が都会に行って、お祭りかな?と思うのはまさにこの実例のようなものですね。

「農村の活性化」を考えるなら、こういったことをふまえて、を自分なりに整理してみなければならないだろうと思っております。
どの様な状態になったら「活性化」しているということなのか。
これから「活性化」するということは、現状は不活性なのか。
そもそもなぜ「活性化」しないといけないのか。

「農村の活性化」というフレーズの強迫観念のような勢いの蔓延の背景にあるのはなにかと考えてみると、現代の農業政策をこしらえているのが都市部からの目線であるということが一つとしてあるのではないかと思っているのです。経済が活発なのは良いことだ、という理念が先にあるのでないか、と。

指数化できる金銭の動きの「経済」を捉えれば、都市部のほうがもちろん経済は活発に動いているわけです。
では、なぜ都市部の経済が活発なのかといえば、「経済(金銭の動き)」が、そもそも海の幸、山の幸を行き来させ、全体に分配するのが目的で、都市はその流通往来の故に出来上がるものだからです。自分で作ったり採ったりしたもので自給自足しておれば、金銭の動きなどは生じません。物産を流通往来させ分配するために、経済が要るのですね。物事の順序を問い直してみる必要があるかもしれません。
経済が先にあるのではない、海や山の幸が先にあるのです。

活性化が悪いと言いたいのでないし、都市がよくないのでもないし、なにかを批判したいわけでもありません。
稲穂の垂れるころに、秋のお祭りがあり、そのタイミングが重なることに、両方に関わったぼくとしては身体の実感として、たしかにこれはめでたい、お祭りしなくちゃ、という感覚があるのです。
自らへの問いかけの次数を上げ下げしながら、地面に足のついたように、「ああ、たしかにそうだ」という実感を伴うところに着地しないといけない、そのように思う秋の夜長でありました。