先週のこと、今シーズン5度目の雪おろしをしていました。
母屋と車庫と小屋と三棟を、えいえいえいっと作業していきます。
雪の量は胸くらいでしたかね。

先週は冷えた日が続いていました。作業をしながら弱層の様子を見たりできます。
コンプレッションテストしてみると、テストしてみる前に見えていた軟弱なザラメの層の上の新雪にもっと弱い層が入っていました。
手首から先でとんとん、くらいでずれたのでかなり危険な層のようです。

夕暮れ間際に撮ったので見えにくくなっていますが、これがゆるゆるのザラメの層。

雪崩で考えると恐いですが、雪を屋根からおろすのには使えます。
層になっているところまで四角に切れ目を入れると、あとは下へちょこんと押すとずれて落ちていきます。(屋根の中央部に行くと、持ち上げて放り投げないといけないんですが)

母屋も小屋も、一階部にちいさな屋根があり、そこからまた二階の屋根に登っているので、一階の屋根におろした雪はもう一度おろさないといけません。
一度落っことした雪は、砕けてまたくっついて扱いにくくなっています。

こうやって普段の生活のなかで雪の性質に触れることができるのは雪の多いところに住んでいるからこそだなあと思います。ありがたいことですね。
雪のあまり降らないところに住んでいて雪の山の勉強をしても、雪の性質に関しての経験を積むのはなかなかたいへんなことですから、そういったかたは、ぜひ雪国の農山村へ移住していただくと過疎化の対策にもなりますね。うぇるかむ、うぇるかむ。
雪が降っている日には、降ってくる結晶の写真も撮っていました。
撮ってみると、なかなか形のそろったものというのはめぐり合えないものです。

これは平らな面に、氷のちいさな粒がついていました。
こういうのがもっとちいさな粒が付くと、霰のようになるのかもしれません。

すごく細かい結晶も混じっています。

こんなのもありますね。
これは枝が三つになっていました。

こちらは6つできるはずの枝が5つに。
いろんな雪を見ていると、枝だけ降ってくるのもあって、空のどこかでなにかしらにぶつかったりして折れてしまったりもするのだろうなと思いました。

あるいは、ふたつがくっついたものもありました。

こちらの左のものは、なんだか立体的な形になっているようでした。

いくつもいくつも撮っていて、おぉ!とうれしくなったのはこれです。
ひとつの結晶の枝に、もっとちいさなのが親子のようにくっついていました。

「雪は天からの手紙」と中谷宇吉郎先生はおっしゃいました。
この雪たちは、はるか西の海から湯気になったのが、冷たい風に乗りながら結晶になり、そらからぼくのレンズの前まではるかに旅をしてきたのでしょう。
こういった雪の結晶は一冬に、何億?何兆?いえ、もっと想像も付かないほどにできては積もって消えていくのでしょうか。
そのような奇跡の確率でぼくの目前にやってきた雪の結晶は、息を止めてながら撮影した後の、ふう、と鼻息ひとつで水滴になっていきました。
母屋と車庫と小屋と三棟を、えいえいえいっと作業していきます。
雪の量は胸くらいでしたかね。

先週は冷えた日が続いていました。作業をしながら弱層の様子を見たりできます。
コンプレッションテストしてみると、テストしてみる前に見えていた軟弱なザラメの層の上の新雪にもっと弱い層が入っていました。
手首から先でとんとん、くらいでずれたのでかなり危険な層のようです。

夕暮れ間際に撮ったので見えにくくなっていますが、これがゆるゆるのザラメの層。

雪崩で考えると恐いですが、雪を屋根からおろすのには使えます。
層になっているところまで四角に切れ目を入れると、あとは下へちょこんと押すとずれて落ちていきます。(屋根の中央部に行くと、持ち上げて放り投げないといけないんですが)

母屋も小屋も、一階部にちいさな屋根があり、そこからまた二階の屋根に登っているので、一階の屋根におろした雪はもう一度おろさないといけません。
一度落っことした雪は、砕けてまたくっついて扱いにくくなっています。

こうやって普段の生活のなかで雪の性質に触れることができるのは雪の多いところに住んでいるからこそだなあと思います。ありがたいことですね。
雪のあまり降らないところに住んでいて雪の山の勉強をしても、雪の性質に関しての経験を積むのはなかなかたいへんなことですから、そういったかたは、ぜひ雪国の農山村へ移住していただくと過疎化の対策にもなりますね。うぇるかむ、うぇるかむ。
雪が降っている日には、降ってくる結晶の写真も撮っていました。
撮ってみると、なかなか形のそろったものというのはめぐり合えないものです。

これは平らな面に、氷のちいさな粒がついていました。
こういうのがもっとちいさな粒が付くと、霰のようになるのかもしれません。

すごく細かい結晶も混じっています。

こんなのもありますね。
これは枝が三つになっていました。

こちらは6つできるはずの枝が5つに。
いろんな雪を見ていると、枝だけ降ってくるのもあって、空のどこかでなにかしらにぶつかったりして折れてしまったりもするのだろうなと思いました。

あるいは、ふたつがくっついたものもありました。

こちらの左のものは、なんだか立体的な形になっているようでした。

いくつもいくつも撮っていて、おぉ!とうれしくなったのはこれです。
ひとつの結晶の枝に、もっとちいさなのが親子のようにくっついていました。

「雪は天からの手紙」と中谷宇吉郎先生はおっしゃいました。
この雪たちは、はるか西の海から湯気になったのが、冷たい風に乗りながら結晶になり、そらからぼくのレンズの前まではるかに旅をしてきたのでしょう。
こういった雪の結晶は一冬に、何億?何兆?いえ、もっと想像も付かないほどにできては積もって消えていくのでしょうか。
そのような奇跡の確率でぼくの目前にやってきた雪の結晶は、息を止めてながら撮影した後の、ふう、と鼻息ひとつで水滴になっていきました。