熱田神宮に入っていくと、まず迎えてくれたのは大きな大きなクスノキでした。
前回に訪れた鉄道の博物館で鼻息が荒くなっていた方がありましたが、今度はぼくの鼻息が荒くなっていたかもしれません。
それにしても、太い太い幹でした。
比して、枝を広げる広さは、これの前にみた90年ほどのクスとあまり変わらないようにみえました。
看板があり、樹齢は1000年以上ではないかと書いてありました。

幹の下部はふっくらとふくらんでおり、そのうえに注連縄がかけてあります。

このクスだけでなく、周りの木のある程度古いものには、幹にちいさな葉がたくさんついています。
これはこの木の葉ではなく、着生するシダの仲間ですね。
ノキシノブ、だと思います。

もっと若いクスの木もいくつもありました。
この前に見た90年ほどのものよりは太いですから、これでも100年以上は生きている木なのでしょう。1000年のものには幹の太さはまったく及びませんが、それでも横に大きく枝を広げた樹形が特徴的です。やはり、この広さに枝を広げて葉が冬でも茂っていたら、雪国にあったのでは一冬で枝がばりばりと折れてしまうだろうなと思います。

これにも、シダがたくさんついています。

シダを見る楽しみのひとつが、葉の裏です。
葉の裏には胞子を作って飛ばす胞子嚢(ソーラス)というのがあって、ここにシダの種類の違いがよく現れるのですね。

このようにクスノキとシダを見ていると、地元の言葉のおばさまが声をかけてきて、「これはなんの木でしょうねえ?ずいぶんコケ(シダのことだと思われます)がついていますね。」ということでした。
見慣れない木は次々に現れます。
これもよくわかりませんでした。
おそらくは、これがヒサカキなのでしょう。

これはいくらか見たことがあります。
シロモジでしょうね。行きつけの歯医者さんの玄関先に植えられています。

珍しい木として看板があったのは、「ならずの梅」でした。
花は咲いても実はなったことがないのだそうです。
奇木なり、とありましたが、ぼくにはどれもこれも珍樹奇木の類に見えます。

これはツバキですね。
ツバキは山形にもありますから見覚えがあります。
花はまだでしたが、つぼみが膨らみはじめているようなのでじきに咲くことでしょう。

アオキもあちこちにありました。
よく見て行くと、葉の形がここの森のなかにあるものだけでも相当に変化があります。
山形には、このアオキの背が高くならないヒメアオキというのはたくさんあります。

しかし気になったのは、林床の草のないことでした。
冬なので草が枯れているのでしょうか?
いえ、それにしては枯れた茎などもずいぶん少ないのです。
草が無く落ちた木の葉が敷いたようになっていました。
常緑樹の森では、陽射しが足らずに草が生えにくいのでしょうか?
ここの森はずいぶん深い雰囲気の森ですが、天然の森とどのように違うのだか気になります。

草っぽいのがようやくありました。
チマキザサのような形で大きな葉が一箇所にまとまるように生えています。
う~ん、これはなんだろう?こういったのは、ラン科かユリの仲間かなあと思いました。
帰ってから調べると、どうやらユリの仲間のハランというもののようでした。

このほかにも、たくさん名前のわからない木々がありあっという間に時間が過ぎていきました。
集合時間の近くなる(ちょっと過ぎた・・・)なか、どんぐりを見つけました。
これも見かけない形のどんぐりです。
う~ん、マテバシイでしょうか?

こちらはおしりが細くすぼんだ形です。アカカシあたりのものでしょうか?

自然のままの自生の木々ではありませんでしたが、ようやく木々の観察を楽しむことができました。ところ違えば木も違うもので、ぼくにはどの木がどの木やらわからないものが多くありました。
木の場合には、なるほど、これがこういった名前の木なのだと納得できるまでに、四季が巡り、つぼみから花、花が散って実が生って、というような時間を幾度も木を訪れて眺めるのが必要だと思っています。南の木々とそういった日々を過ごすことができないのが残念でした。
名古屋に行ったおはなしはもうすこし続きます。
※せっかく大きな神社に行ったのに、木ばかり見て過ごしてしまいました。ここは、三種の神器のひとつ、草薙の剣(くさなぎのつるぎ)、またの名を天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)を祀った神社であるということです。
また、剣を祀るということで戦にご利益があるものか、織田信長がこの神社に参拝し、その後の戦に勝った折に奉納した立派な土壁などもありました。
前回に訪れた鉄道の博物館で鼻息が荒くなっていた方がありましたが、今度はぼくの鼻息が荒くなっていたかもしれません。
それにしても、太い太い幹でした。
比して、枝を広げる広さは、これの前にみた90年ほどのクスとあまり変わらないようにみえました。
看板があり、樹齢は1000年以上ではないかと書いてありました。

幹の下部はふっくらとふくらんでおり、そのうえに注連縄がかけてあります。

このクスだけでなく、周りの木のある程度古いものには、幹にちいさな葉がたくさんついています。
これはこの木の葉ではなく、着生するシダの仲間ですね。
ノキシノブ、だと思います。

もっと若いクスの木もいくつもありました。
この前に見た90年ほどのものよりは太いですから、これでも100年以上は生きている木なのでしょう。1000年のものには幹の太さはまったく及びませんが、それでも横に大きく枝を広げた樹形が特徴的です。やはり、この広さに枝を広げて葉が冬でも茂っていたら、雪国にあったのでは一冬で枝がばりばりと折れてしまうだろうなと思います。

これにも、シダがたくさんついています。

シダを見る楽しみのひとつが、葉の裏です。
葉の裏には胞子を作って飛ばす胞子嚢(ソーラス)というのがあって、ここにシダの種類の違いがよく現れるのですね。

このようにクスノキとシダを見ていると、地元の言葉のおばさまが声をかけてきて、「これはなんの木でしょうねえ?ずいぶんコケ(シダのことだと思われます)がついていますね。」ということでした。
見慣れない木は次々に現れます。
これもよくわかりませんでした。
おそらくは、これがヒサカキなのでしょう。

これはいくらか見たことがあります。
シロモジでしょうね。行きつけの歯医者さんの玄関先に植えられています。

珍しい木として看板があったのは、「ならずの梅」でした。
花は咲いても実はなったことがないのだそうです。
奇木なり、とありましたが、ぼくにはどれもこれも珍樹奇木の類に見えます。

これはツバキですね。
ツバキは山形にもありますから見覚えがあります。
花はまだでしたが、つぼみが膨らみはじめているようなのでじきに咲くことでしょう。

アオキもあちこちにありました。
よく見て行くと、葉の形がここの森のなかにあるものだけでも相当に変化があります。
山形には、このアオキの背が高くならないヒメアオキというのはたくさんあります。

しかし気になったのは、林床の草のないことでした。
冬なので草が枯れているのでしょうか?
いえ、それにしては枯れた茎などもずいぶん少ないのです。
草が無く落ちた木の葉が敷いたようになっていました。
常緑樹の森では、陽射しが足らずに草が生えにくいのでしょうか?
ここの森はずいぶん深い雰囲気の森ですが、天然の森とどのように違うのだか気になります。

草っぽいのがようやくありました。
チマキザサのような形で大きな葉が一箇所にまとまるように生えています。
う~ん、これはなんだろう?こういったのは、ラン科かユリの仲間かなあと思いました。
帰ってから調べると、どうやらユリの仲間のハランというもののようでした。

このほかにも、たくさん名前のわからない木々がありあっという間に時間が過ぎていきました。
集合時間の近くなる(ちょっと過ぎた・・・)なか、どんぐりを見つけました。
これも見かけない形のどんぐりです。
う~ん、マテバシイでしょうか?

こちらはおしりが細くすぼんだ形です。アカカシあたりのものでしょうか?

自然のままの自生の木々ではありませんでしたが、ようやく木々の観察を楽しむことができました。ところ違えば木も違うもので、ぼくにはどの木がどの木やらわからないものが多くありました。
木の場合には、なるほど、これがこういった名前の木なのだと納得できるまでに、四季が巡り、つぼみから花、花が散って実が生って、というような時間を幾度も木を訪れて眺めるのが必要だと思っています。南の木々とそういった日々を過ごすことができないのが残念でした。
名古屋に行ったおはなしはもうすこし続きます。
※せっかく大きな神社に行ったのに、木ばかり見て過ごしてしまいました。ここは、三種の神器のひとつ、草薙の剣(くさなぎのつるぎ)、またの名を天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)を祀った神社であるということです。
また、剣を祀るということで戦にご利益があるものか、織田信長がこの神社に参拝し、その後の戦に勝った折に奉納した立派な土壁などもありました。