先週の土曜は、朝に消防団の活動があり、さて、でかけますかねとクルマに乗ろうとすると、フロントガラスに綺麗な結晶がついていました。朝日を透かして美しゅうございます。

いやいや、消防団の活動に行くんです。撮っている場合ではないのよね。とウインドウォッシャ液を出してワイパを動かしたら、凍りました。
この日の朝は、最寄のアメダスの観測によると-12℃ほどになったようです。

でも、なんとか時間に間に合って消防のポンプ車のおいてある車庫へ。
このところ、消防団の人数も減り、昔のように土日が休みという人も少なくなってなかなか活動できません。この日は、二人だけの活動になりましたが、それでも、点検だけはしておかないといけませんね。

車庫は、屋根が高いのと、裏に雪が落ちても人も通らないところなので、屋根の雪止めをしていません。陽射しのある日には、ひとりでに屋根から雪が落ちてくれるのですが、軒下に落ちた雪がたまると落ちられなくなるので、

お片づけ後。

その後に、近くの集落でおさいとうがあるというので見に行きました。
ここでは、山神社(うちのところの山の神様とおなじだろうと思いますが、いろんな表記や呼び方があるようです)の前でおさいとうをするようです。

おさいとう。
ここのかたにおはなしを聞くと、かつては、立ち木を一本、山から伐り出しみんなでわっしょいと立てて、そのまわりにわらの束をたくさん積んだそうです。
今は、だんだんと集落の人数が少なくなり(この集落は12名ほど)、こじんまりと、そして、本来は夜にするものなのですが、高齢のかたが夜の冷え込んだ道を歩いて転んだりするといけないので昼にするようにしたそうです。材料も、ここから街へ降りられた方の小屋などを解体した際の柱などを大事にとっておいてちょっとずつ使っているようです。この集落では、田んぼを作られるかたもいなくなりました。

1月15日付近にするこういった火を焚く行事は、各地で見られ、左義長、どんど焼き、御柴灯(おさいとう これは漢字の表記がいくつかありそうです。お祭灯、お歳灯)、最近知ったのでは、賽の神という呼び方もありました。
共通しているのは、日取りや、火に門松や注連飾り、お札などをくべるという内容でしょうか。
だんごやお供えのもちをあぶって食べるというのもあり、ここでもだんごを焼いていました。
ここでは、アルミホイルで焼いておりました。

このころから雪が降ってきて、このだんごをくれたおばあちゃんの言うことには、「おさいとうをすると雪が降るんだよ」ということでした。あらま~、んだれば山の神様がよろごんでんのったんね。
おさいとうは、歳神様がお正月に宿った門松や注連飾りを燃やして空に返すということでもありますね。
以前にちょっと書きましたが、ここの集落で山神社の前でやっているのが象徴的だなと思ったのですが、山の神様のうち、集落の中に祀られる山の神様は、山岳信仰の山の神様ともちょっと違った祀られ方になっており、以前に調べたのでは、山の神様は、冬には山に居て、春になると山を降り、一時期、サクラに留まってサクラ(「サ」は山のエネルギーのようなものだそうです)を咲かせ、その後、田に降りるのだそうです。
またお正月には歳神様となり、各戸を訪れます。
冬に山にいて、春に田におりるものと言えば、第一に雪だろうと。(第二にはへびかしらん?へびも神の使いですね)
おばあちゃんの言う、「おさいとうをすると雪が降る」というのは、なんだかしっくりきますね。
うちの近くでは、昨年の5月6月はたいへんに雨が少なく、でも、そのころは田んぼには水の必要な時期なので、もし山の雪解けがなかったら田んぼができないだろうなあと思います。
山形ではさかんに山菜を食べますが、これは冬の雪が多く、春先にたいへん土壌の水分が多いので、芽も葉も大きくふくよかに柔らかくなるためと聞きます。
雪、ありがたいものですね。
でも、屋根に積もって家をつぶしてしまってもこまります。
ここの集落の集会場では、この日、中でストーブに火を入れて屋根を暖めて雪を落としていました。ここでも軒下の片づけをちょっとお手伝いしました。
平屋だとすぐにこんなふうになりますね。

13日には、うちの集落のおさいとうがありました。
うちのところでは、立地の関係からか、大日堂の前でおさいとうです。

13日には、昼におさいとうの薪を積み上げる作業があったのでしたが、このところ、父が集落の活動に積極的なので、おまかせして、ぼくは山へおおきなスギの木に会いに行っていました。
うちの集落でも、燃やすものは、かつては立ち木を伐り出して、ワラでやっていたのでしたが、今は間伐材のはじっこだとか、そういったのをとっておいて使います。
予定では、うちの集落では夕方に点火するはずだったのに、昼間からお神酒をいただいたとうちゃんがたは、積みあがったのでもう点火してしまい、おとなりのちびっこたちとぼくが時間通りに行ったころには燃え残りのような状態でした。けしからんとうちゃんたちですね。(なので、ちょっと薪をくべました)

先に書いた集落のおさいとうではアルミホイルで焼いていましたが、ミズキの枝に刺してあぶるところも多いですね。

煙のにおいのついただんごは、それだけでたいへんに美味しく感じます。
このだんごをいただくと、一年間の無病息災になるそうです。
このほかに、かつては、各家々の玄関でワラを二束燃やし、その煙を頭にかぶると賢くなるとか、燃え方で作況を占うとか、「作の祝い~、作の祝い」とかけごえとか、そういうこともありました。

そういった細々としたいろんな行事の作法も失われつつあります。
農と結びついたこういったものが、本来的な意味合いでの文化(Culture)というものなんだろうと思うと、細かな地域ごとの多様な行事が無くなっていくのは文化が色あせていくような気持ちにもなります。

じいさまの言うところによると、かつては1月15日におさいとうをして、夜通しに火を囲み、翌日はお休みになっていたそうです。
今日のはじめに消防団の活動が、土日が休みでない若者ばかりになってかんばしくないと書きました。
現在、お仕事と言うと、雇用されてサラリーマンとして働くというのがほとんどの場合を指すと言って過言でないほどですが、かつては、生活のために体を動かしているのが仕事(その当時は仕事と言わなかったかもしれませんが)であって食べものや生活に直結していたのだろうなあと。
先週にとある大学の講義を聴講しに行ってお聞きしたのは、今は山あいの中山間部は、ベッドタウンの不便なところというように化し、山あいに住まいしていても、山の手入れをする暇も無く、田んぼも次々に耕されなくなってきている現状があるのだということでした。
うちの近くでもたいへんにあてはまります。
うちの集落のおさいとうは、過去にやらなかった年もありましたが、ここ数年はちいさく細々とまだ灯っております。

いやいや、消防団の活動に行くんです。撮っている場合ではないのよね。とウインドウォッシャ液を出してワイパを動かしたら、凍りました。
この日の朝は、最寄のアメダスの観測によると-12℃ほどになったようです。

でも、なんとか時間に間に合って消防のポンプ車のおいてある車庫へ。
このところ、消防団の人数も減り、昔のように土日が休みという人も少なくなってなかなか活動できません。この日は、二人だけの活動になりましたが、それでも、点検だけはしておかないといけませんね。

車庫は、屋根が高いのと、裏に雪が落ちても人も通らないところなので、屋根の雪止めをしていません。陽射しのある日には、ひとりでに屋根から雪が落ちてくれるのですが、軒下に落ちた雪がたまると落ちられなくなるので、

お片づけ後。

その後に、近くの集落でおさいとうがあるというので見に行きました。
ここでは、山神社(うちのところの山の神様とおなじだろうと思いますが、いろんな表記や呼び方があるようです)の前でおさいとうをするようです。

おさいとう。
ここのかたにおはなしを聞くと、かつては、立ち木を一本、山から伐り出しみんなでわっしょいと立てて、そのまわりにわらの束をたくさん積んだそうです。
今は、だんだんと集落の人数が少なくなり(この集落は12名ほど)、こじんまりと、そして、本来は夜にするものなのですが、高齢のかたが夜の冷え込んだ道を歩いて転んだりするといけないので昼にするようにしたそうです。材料も、ここから街へ降りられた方の小屋などを解体した際の柱などを大事にとっておいてちょっとずつ使っているようです。この集落では、田んぼを作られるかたもいなくなりました。

1月15日付近にするこういった火を焚く行事は、各地で見られ、左義長、どんど焼き、御柴灯(おさいとう これは漢字の表記がいくつかありそうです。お祭灯、お歳灯)、最近知ったのでは、賽の神という呼び方もありました。
共通しているのは、日取りや、火に門松や注連飾り、お札などをくべるという内容でしょうか。
だんごやお供えのもちをあぶって食べるというのもあり、ここでもだんごを焼いていました。
ここでは、アルミホイルで焼いておりました。

このころから雪が降ってきて、このだんごをくれたおばあちゃんの言うことには、「おさいとうをすると雪が降るんだよ」ということでした。あらま~、んだれば山の神様がよろごんでんのったんね。
おさいとうは、歳神様がお正月に宿った門松や注連飾りを燃やして空に返すということでもありますね。
以前にちょっと書きましたが、ここの集落で山神社の前でやっているのが象徴的だなと思ったのですが、山の神様のうち、集落の中に祀られる山の神様は、山岳信仰の山の神様ともちょっと違った祀られ方になっており、以前に調べたのでは、山の神様は、冬には山に居て、春になると山を降り、一時期、サクラに留まってサクラ(「サ」は山のエネルギーのようなものだそうです)を咲かせ、その後、田に降りるのだそうです。
またお正月には歳神様となり、各戸を訪れます。
冬に山にいて、春に田におりるものと言えば、第一に雪だろうと。(第二にはへびかしらん?へびも神の使いですね)
おばあちゃんの言う、「おさいとうをすると雪が降る」というのは、なんだかしっくりきますね。
うちの近くでは、昨年の5月6月はたいへんに雨が少なく、でも、そのころは田んぼには水の必要な時期なので、もし山の雪解けがなかったら田んぼができないだろうなあと思います。
山形ではさかんに山菜を食べますが、これは冬の雪が多く、春先にたいへん土壌の水分が多いので、芽も葉も大きくふくよかに柔らかくなるためと聞きます。
雪、ありがたいものですね。
でも、屋根に積もって家をつぶしてしまってもこまります。
ここの集落の集会場では、この日、中でストーブに火を入れて屋根を暖めて雪を落としていました。ここでも軒下の片づけをちょっとお手伝いしました。
平屋だとすぐにこんなふうになりますね。

13日には、うちの集落のおさいとうがありました。
うちのところでは、立地の関係からか、大日堂の前でおさいとうです。

13日には、昼におさいとうの薪を積み上げる作業があったのでしたが、このところ、父が集落の活動に積極的なので、おまかせして、ぼくは山へおおきなスギの木に会いに行っていました。
うちの集落でも、燃やすものは、かつては立ち木を伐り出して、ワラでやっていたのでしたが、今は間伐材のはじっこだとか、そういったのをとっておいて使います。
予定では、うちの集落では夕方に点火するはずだったのに、昼間からお神酒をいただいたとうちゃんがたは、積みあがったのでもう点火してしまい、おとなりのちびっこたちとぼくが時間通りに行ったころには燃え残りのような状態でした。けしからんとうちゃんたちですね。(なので、ちょっと薪をくべました)

先に書いた集落のおさいとうではアルミホイルで焼いていましたが、ミズキの枝に刺してあぶるところも多いですね。

煙のにおいのついただんごは、それだけでたいへんに美味しく感じます。
このだんごをいただくと、一年間の無病息災になるそうです。
このほかに、かつては、各家々の玄関でワラを二束燃やし、その煙を頭にかぶると賢くなるとか、燃え方で作況を占うとか、「作の祝い~、作の祝い」とかけごえとか、そういうこともありました。

そういった細々としたいろんな行事の作法も失われつつあります。
農と結びついたこういったものが、本来的な意味合いでの文化(Culture)というものなんだろうと思うと、細かな地域ごとの多様な行事が無くなっていくのは文化が色あせていくような気持ちにもなります。

じいさまの言うところによると、かつては1月15日におさいとうをして、夜通しに火を囲み、翌日はお休みになっていたそうです。
今日のはじめに消防団の活動が、土日が休みでない若者ばかりになってかんばしくないと書きました。
現在、お仕事と言うと、雇用されてサラリーマンとして働くというのがほとんどの場合を指すと言って過言でないほどですが、かつては、生活のために体を動かしているのが仕事(その当時は仕事と言わなかったかもしれませんが)であって食べものや生活に直結していたのだろうなあと。
先週にとある大学の講義を聴講しに行ってお聞きしたのは、今は山あいの中山間部は、ベッドタウンの不便なところというように化し、山あいに住まいしていても、山の手入れをする暇も無く、田んぼも次々に耕されなくなってきている現状があるのだということでした。
うちの近くでもたいへんにあてはまります。
うちの集落のおさいとうは、過去にやらなかった年もありましたが、ここ数年はちいさく細々とまだ灯っております。