さてさて、建物のあるほうへ行ってみましょう。
ちょっと長くなりますが、一気に載せてしまいたいと思います。
ここには、4つの建物が復元されていました。

見取り図。
11号建物(主屋と書いてあります)が一番大きく、その近くに10号建物、作業小屋、倉が集まっています。そこの近くに小さな川が流れています。

まずは、小屋から。
小屋は、木材を立てにならべて壁にするようになっていました。
小屋のまわりは、テント設営をするときのように掘られています。
これくらいしっかりした建物を作るとなると、昔は土盛りなどもしていたのかもと思いました。
床面積は8平方メートル、と書いてありましたから、2坪ちょっと。
このまわりで、作りかけの木製農具がたくさん見つかったので、作業小屋と考えられているそうです。

屋根が気になってうしろに回ってみました。
樹皮で屋根が葺いてあります。
なにかな?クルミの樹皮ぽいなと思ったら、説明書きにもクルミとありました。

こちらは10号建物。
11号建物の主屋の次に大きいそうです。
建物の柱は、土に立てるところを尖らせて打ち込んであったそうです。基礎などはなかったのですね。屋根も壁も、ススキ(カヤ)で作られていました。

中に入ってみると、囲炉裏がありました。
室内にはいぶしたにおいがします。良いな、煙のにおい。おなかがへります。
鉄瓶がぶらさがっていますが、これは当時に見つかったものではなさそう・・・です。

続いて、11号建物の主屋へ。
こちらも、10号と同じ材料で作られています。違ったのは、窓が作られているところですね。
そこまで出土品で確認できたものかどうかはわかりません。

こちらの囲炉裏には火がつけられていて、室内はちょうどよい暖かさでした。
昼寝したいほどです。
中には作業している方が2名ほどおり、薪を運び入れていました。
この建物と、10号建物と、毎日交代で囲炉裏を使って屋根をいぶしているそうです。

さて、窓。
ここで壁の厚さを見ることができました。
20cmほどでしょうか。
作業しているかたに聞くと、壁も屋根もやはりススキだそうです。
壁はどんなふうに更新したりするものでしょう?と聞くと、取り替えるのでなく、壁が薄くなったら(へたるのかな?)外側から順次追加して足していくんだそうです。
特記すべきは、その暖かさでした。ススキは茎が空洞になっていて、それが20cmもあったら断熱効果はすごいだろうなと思いました。先ほどの小屋の丸太の壁では隙間風があり、寒くっていられないと思います。

木と壁の作り。
柱はつるのようなもので押さえられていました。
柱が四角形に配置されて立ち、そのうえに横に組んでいっていました。
これで強度的に持つんですね。

つなぎ目のつるもなんのつるか気になりました。
クズかなあ、いや、フジのほうかもしれません。
木の根の場合には、直径1cmあたり300kgの引っ張り強度があるんだそうです。つるも同じくらいと考えると、しっかり結べば建物にも使えるのでしょうね。(茅葺屋根の裏側も、こんなふうに結んでありますね)

最後の建物は、倉です。
高床の建物で、なかに入りたいなと思ったのですが、入り口が高いところにちいさく作られていて入られないようです。歴史の教科書にもれなく出てきますね。高床式倉庫。

ネズミ返しがありました。
これでは、やはり、山ねずみロッキーチャックですから、ねずみは入られません。

集落は木の柵で囲むようになっていたようです。

敷地のはじっこには、ススキが束になって立てられていました。
これから使われる材料でしょうか。
これは、近くのものでなく西蔵王というところから刈り取ってきたものだといっていました。
こういうところがあるので、スズメが来ているのではと思ったのですが見当たらずに残念でした。

さて、見学終了です。
集落のそばには、ちいさな川が流れていて、これも発掘の際に川のあとがあったので復元したそうです。
数年前に来たときに、どじょうでも住んでやしまいかと探してみたことがありました。
今回もちょっと探してみたのですが、見当たりませんでした。

ヒメオドリコソウにうっすら雪が積もっています。
このような寒空のもと、この遺跡を訪れるかたはいるのかしらん?と思ったのですが、仙台からいらっしゃった若い女性の二人組みや、団体で見学に来たかたなどもおり、意外に繁盛しているようでした。運営は、地元の地区の方を中心にNPOを組織しているそうです。
ポスターなどでも見たことがあったのですが、当時の食事を再現してみようとか、土器を焼くとか、繊維を採るとか、そういう活動も盛んにしておられるようです。

展示物などのある建物の様子。
ここのなかに、いろいろ出土品がまとまって展示されておりました。

一旦、建物に入り、受付のかたに挨拶してから、外に出ると、雪が強く降り始めておりました。日も暮れ始めていました。

帰り道はすっかり雪降りになりました。

ちょっと長くなりますが、一気に載せてしまいたいと思います。
ここには、4つの建物が復元されていました。

見取り図。
11号建物(主屋と書いてあります)が一番大きく、その近くに10号建物、作業小屋、倉が集まっています。そこの近くに小さな川が流れています。

まずは、小屋から。
小屋は、木材を立てにならべて壁にするようになっていました。
小屋のまわりは、テント設営をするときのように掘られています。
これくらいしっかりした建物を作るとなると、昔は土盛りなどもしていたのかもと思いました。
床面積は8平方メートル、と書いてありましたから、2坪ちょっと。
このまわりで、作りかけの木製農具がたくさん見つかったので、作業小屋と考えられているそうです。

屋根が気になってうしろに回ってみました。
樹皮で屋根が葺いてあります。
なにかな?クルミの樹皮ぽいなと思ったら、説明書きにもクルミとありました。

こちらは10号建物。
11号建物の主屋の次に大きいそうです。
建物の柱は、土に立てるところを尖らせて打ち込んであったそうです。基礎などはなかったのですね。屋根も壁も、ススキ(カヤ)で作られていました。

中に入ってみると、囲炉裏がありました。
室内にはいぶしたにおいがします。良いな、煙のにおい。おなかがへります。
鉄瓶がぶらさがっていますが、これは当時に見つかったものではなさそう・・・です。

続いて、11号建物の主屋へ。
こちらも、10号と同じ材料で作られています。違ったのは、窓が作られているところですね。
そこまで出土品で確認できたものかどうかはわかりません。

こちらの囲炉裏には火がつけられていて、室内はちょうどよい暖かさでした。
昼寝したいほどです。
中には作業している方が2名ほどおり、薪を運び入れていました。
この建物と、10号建物と、毎日交代で囲炉裏を使って屋根をいぶしているそうです。

さて、窓。
ここで壁の厚さを見ることができました。
20cmほどでしょうか。
作業しているかたに聞くと、壁も屋根もやはりススキだそうです。
壁はどんなふうに更新したりするものでしょう?と聞くと、取り替えるのでなく、壁が薄くなったら(へたるのかな?)外側から順次追加して足していくんだそうです。
特記すべきは、その暖かさでした。ススキは茎が空洞になっていて、それが20cmもあったら断熱効果はすごいだろうなと思いました。先ほどの小屋の丸太の壁では隙間風があり、寒くっていられないと思います。

木と壁の作り。
柱はつるのようなもので押さえられていました。
柱が四角形に配置されて立ち、そのうえに横に組んでいっていました。
これで強度的に持つんですね。

つなぎ目のつるもなんのつるか気になりました。
クズかなあ、いや、フジのほうかもしれません。
木の根の場合には、直径1cmあたり300kgの引っ張り強度があるんだそうです。つるも同じくらいと考えると、しっかり結べば建物にも使えるのでしょうね。(茅葺屋根の裏側も、こんなふうに結んでありますね)

最後の建物は、倉です。
高床の建物で、なかに入りたいなと思ったのですが、入り口が高いところにちいさく作られていて入られないようです。歴史の教科書にもれなく出てきますね。高床式倉庫。

ネズミ返しがありました。
これでは、やはり、山ねずみロッキーチャックですから、ねずみは入られません。

集落は木の柵で囲むようになっていたようです。

敷地のはじっこには、ススキが束になって立てられていました。
これから使われる材料でしょうか。
これは、近くのものでなく西蔵王というところから刈り取ってきたものだといっていました。
こういうところがあるので、スズメが来ているのではと思ったのですが見当たらずに残念でした。

さて、見学終了です。
集落のそばには、ちいさな川が流れていて、これも発掘の際に川のあとがあったので復元したそうです。
数年前に来たときに、どじょうでも住んでやしまいかと探してみたことがありました。
今回もちょっと探してみたのですが、見当たりませんでした。

ヒメオドリコソウにうっすら雪が積もっています。
このような寒空のもと、この遺跡を訪れるかたはいるのかしらん?と思ったのですが、仙台からいらっしゃった若い女性の二人組みや、団体で見学に来たかたなどもおり、意外に繁盛しているようでした。運営は、地元の地区の方を中心にNPOを組織しているそうです。
ポスターなどでも見たことがあったのですが、当時の食事を再現してみようとか、土器を焼くとか、繊維を採るとか、そういう活動も盛んにしておられるようです。

展示物などのある建物の様子。
ここのなかに、いろいろ出土品がまとまって展示されておりました。

一旦、建物に入り、受付のかたに挨拶してから、外に出ると、雪が強く降り始めておりました。日も暮れ始めていました。

帰り道はすっかり雪降りになりました。
