稲刈りは、まだ登熟していない田んぼ二枚を残して二日目で一段落しました。
残りはこれから時期を見てすることになります。来週かな?
二日目には、慣れない機械で手のひらが痛くなってしまって、手がハンドルをにぎるのを拒否するのです。まったく根性の無い手ですね。持ち主に似たのかしらん?
稲刈りの終わったところに来訪者がありました。
カラスが杭のうえにとまっております。

近づいてもあまり逃げません。
以前、街のほうでカラスを撮ろうとカメラを向けるとすぐに飛んでしまったのですが、この子はそうでもないようです。
このカラスはハシボソガラスのようでした。(多分)
正面から見るとなかなかりりしいお顔です。

ポーズをとるように、右を向いたり。

左を向いたり。

なかなか可愛いですね。
カラスは、春のしろかきなどをしていても、どこからともなく幾羽もやってきます。
しろかきの際にはカエルが田んぼの水面を泳ぐのが目立つのでそれを狙ってやってくるようです。
草刈りした後などもやってきますね。
稲刈りのあとの田んぼもすっきりしていろんな虫や、あとは落穂などを拾うのでしょうか。
トラクタに乗っていたりすると、すぐ近くまでやってきて、畦で首をかしげたりしているのも見られます。話しかけたりするのですが、か~、としか返事がありません。

夕方の遅くには遠くへ飛んでいくのも見られました。

広くなった田んぼではこんな光景もありました。
どちらもオオカマキリのメスのようなのですが・・・。

杭のうえには、別な翅のあるものもおりました。

こちらは夕方に撮ったのですが、アキアカネのようですね。
アキアカネたちは、杭のうえにとまって、稲刈りをして隠れるところのなくなってしまったユスリカのようなちいさい虫が蚊柱を立てているのに反応して飛んでは戻りを繰り返していました。

アキアカネは時期によって違うのかもしれませんけれど、一日中田んぼにいるのではなく、朝と夕方に田んぼの付近を飛んでおりました。
昼はどこに行くのでしょう?出勤しているのかな?

飛んでいるところをばっちり撮ってみたいものですが、なかなかうまくいきません。

夕方の雲は、雨が近いのを知らせているようでした。秋の雲のようですね。(今日はようやくまとまった雨が降りました)

うちの田んぼです。
ここに写りきってないものもあと数枚ありますが、こんな感じの段々の田んぼです。
ちいさいですね。でも、これで10人以上が一年くらい(現代はひとりあたりの米の消費量が減っているのでもっとかな?)は食べられるのです。

うちはいわゆる兼業農家という部類に入るのですが、農業の振興のはなしとなると、専業農家をどうやって増やすかとか、農地を集積して効率を上げるとか、そういう流れがあります。
ぼくが以前から思っているのは、専業農家だけでなしに、兼業農家もなるべく続けて、できたら増やして行けたならよいだろうと思うのです。堰や共同作業を維持するにはとにかく人数が・・・。そしてなにより、食糧を輸入しないと食べられないというのは共同体のありかたとしておかしい、と思うのです。
農業というのは不安定なもので、専業としてやっていくというのは、かなりの胆力、勇気のいることです。豊作になれば値崩れし、凶作になればもちろんだめですから恐くてよほど能力があるか気合のあるかたでないと勤まらないのですね。
過去を振り返れば、雇われの賃労働のものもいたとか、小作農はどうだとかキリがないですが、特に山村では、昔には農家が多く現在は減ったといのではなくて、一人の人がいろいろとやった、ということなのだろうと思います。職業としての農業という職業観は、ごく最近になって、会社に専門に勤める方が多くなってからできたものではないのかなあと。専業で会社員だと、「専業会社員」になるのかな?
うちの集落の場合には、稲作、養蚕、麻、炭焼きなどのきこり、わらじやみのや縄、つる細工や木工品などの資材や農具、狩猟、畜産などがあったようです。
兼業農家という言葉だと、どうしてもハンパな農家という語感になってしまいますけれどもね、そういうことではなくて、先代の小屋番さんが言う「山に住むものはなんでもできるようになれ」ということ、その流れのなかにサラリーマンとしての雇われ仕事もあるのだと解することができるのですね。(こういうのを自己正当化といいます。)
蟲×50
ハシボソガラス、オオカマキリ、アキアカネ・・・3種×50=150円
9月1日から累計3,200円
2012年8月:3,100円
2012年7月:4,150円
2012年6月:3,750円
2012年5月:2,450円
2012年4月:1,450円
2011年9月~2012年3月:16,700円
2011年4~8月:18,150円
残りはこれから時期を見てすることになります。来週かな?
二日目には、慣れない機械で手のひらが痛くなってしまって、手がハンドルをにぎるのを拒否するのです。まったく根性の無い手ですね。持ち主に似たのかしらん?
稲刈りの終わったところに来訪者がありました。
カラスが杭のうえにとまっております。

近づいてもあまり逃げません。
以前、街のほうでカラスを撮ろうとカメラを向けるとすぐに飛んでしまったのですが、この子はそうでもないようです。
このカラスはハシボソガラスのようでした。(多分)
正面から見るとなかなかりりしいお顔です。

ポーズをとるように、右を向いたり。

左を向いたり。

なかなか可愛いですね。
カラスは、春のしろかきなどをしていても、どこからともなく幾羽もやってきます。
しろかきの際にはカエルが田んぼの水面を泳ぐのが目立つのでそれを狙ってやってくるようです。
草刈りした後などもやってきますね。
稲刈りのあとの田んぼもすっきりしていろんな虫や、あとは落穂などを拾うのでしょうか。
トラクタに乗っていたりすると、すぐ近くまでやってきて、畦で首をかしげたりしているのも見られます。話しかけたりするのですが、か~、としか返事がありません。

夕方の遅くには遠くへ飛んでいくのも見られました。

広くなった田んぼではこんな光景もありました。
どちらもオオカマキリのメスのようなのですが・・・。

杭のうえには、別な翅のあるものもおりました。

こちらは夕方に撮ったのですが、アキアカネのようですね。
アキアカネたちは、杭のうえにとまって、稲刈りをして隠れるところのなくなってしまったユスリカのようなちいさい虫が蚊柱を立てているのに反応して飛んでは戻りを繰り返していました。

アキアカネは時期によって違うのかもしれませんけれど、一日中田んぼにいるのではなく、朝と夕方に田んぼの付近を飛んでおりました。
昼はどこに行くのでしょう?出勤しているのかな?

飛んでいるところをばっちり撮ってみたいものですが、なかなかうまくいきません。

夕方の雲は、雨が近いのを知らせているようでした。秋の雲のようですね。(今日はようやくまとまった雨が降りました)

うちの田んぼです。
ここに写りきってないものもあと数枚ありますが、こんな感じの段々の田んぼです。
ちいさいですね。でも、これで10人以上が一年くらい(現代はひとりあたりの米の消費量が減っているのでもっとかな?)は食べられるのです。

うちはいわゆる兼業農家という部類に入るのですが、農業の振興のはなしとなると、専業農家をどうやって増やすかとか、農地を集積して効率を上げるとか、そういう流れがあります。
ぼくが以前から思っているのは、専業農家だけでなしに、兼業農家もなるべく続けて、できたら増やして行けたならよいだろうと思うのです。堰や共同作業を維持するにはとにかく人数が・・・。そしてなにより、食糧を輸入しないと食べられないというのは共同体のありかたとしておかしい、と思うのです。
農業というのは不安定なもので、専業としてやっていくというのは、かなりの胆力、勇気のいることです。豊作になれば値崩れし、凶作になればもちろんだめですから恐くてよほど能力があるか気合のあるかたでないと勤まらないのですね。
過去を振り返れば、雇われの賃労働のものもいたとか、小作農はどうだとかキリがないですが、特に山村では、昔には農家が多く現在は減ったといのではなくて、一人の人がいろいろとやった、ということなのだろうと思います。職業としての農業という職業観は、ごく最近になって、会社に専門に勤める方が多くなってからできたものではないのかなあと。専業で会社員だと、「専業会社員」になるのかな?
うちの集落の場合には、稲作、養蚕、麻、炭焼きなどのきこり、わらじやみのや縄、つる細工や木工品などの資材や農具、狩猟、畜産などがあったようです。
兼業農家という言葉だと、どうしてもハンパな農家という語感になってしまいますけれどもね、そういうことではなくて、先代の小屋番さんが言う「山に住むものはなんでもできるようになれ」ということ、その流れのなかにサラリーマンとしての雇われ仕事もあるのだと解することができるのですね。(こういうのを自己正当化といいます。)
蟲×50
ハシボソガラス、オオカマキリ、アキアカネ・・・3種×50=150円
9月1日から累計3,200円
2012年8月:3,100円
2012年7月:4,150円
2012年6月:3,750円
2012年5月:2,450円
2012年4月:1,450円
2011年9月~2012年3月:16,700円
2011年4~8月:18,150円