昨日は午前中に集落の草刈りをしました。
集合時間は午前8時、なぜだかわかりませんが集落の共同作業はたいてい集合時間が午前8時です。
これは草刈り機。こちらは肩掛け式のもの。

こちらは割合最近多くなってきた背負うタイプのものです。

ぼくは肩掛け式のもののほうが好きです。いえ、むしろ鎌のほうが好きなのですが、でも鎌だとやっぱりたいへんです。
昨日は15人ほど集まりました。集落の家の数より多いのは、昔住んでいた方もこういう作業の日には参加してくれるのです。あるおじいちゃん(まあ、みんなおじいちゃんと言ってさしつかえない年齢ですが・・・)は、「いやあ、こりゃ人が集まってお祭りだねぇ」と喜んでおりました。

草刈りは、道端の草刈りです。クズなどのつるが手ごわいですね。
背負うタイプのものは刃先がより自由に使えるのですがその分、ケガする可能性も高くなるような気がしています。

ぼくは写真を撮っているだけのように見えますが、そうではなくて陸上の練習の追い越し走のように、先に行っては刈り、あるいは草を集め、という具合です。

面白いのは、みんなが残す草があることです。
これはヤマユリ。

こちらはアザミですね。アザミも食べられるので残してある?

こちらもヤマユリです。三本並んでこれから咲くのですね。
うちの集落の付近は道端にヤマユリが多くて、ヤマユリも道端の草の仲間です。
ヤマユリは根っこが食べられるのでいざというときのためにこんなふうに残すのでしょうか。

特段、「ヤマユリは刈っていけません」というルールがあるのでもないのですが、こんなふうになるのが不思議なところです。
田んぼの脇の砂利道、すっきりしました。

ここの田んぼは、ここの持ち主が今年の冬に体調を崩して今年は田植えができませんでした。
来年はどうかな?こんなふうにいつの間にか休耕田が増えていってしまうのかな?
田んぼをもう作りません、というのは田んぼを作ったことの無い方が思う以上にずっと稲作をしてきた人には重いものだと思います。
上の写真を見てもらうとわかるとおり、ここは谷間のような地形で、こういうところを谷地田、などと呼びます。今は大きな平野部で大規模に稲作をすのが収量も多く効率も良いのでしょうが、稲作のはじまりは灌漑設備(堰ですね)の発達を待つまではこういったところだったと聞きます。ここでは堰から水を引くのでなく、奥の谷間から水が来て一年中水が枯れることがありません。
一体、何百年前からここで稲作がなされたのでしょう?今の代の方の前に何十世代にもわたって稲作されてきたところかもしれません。諦めるというよりも、心が折れてしまう、そんな感じかもしれません。田んぼの中の草はまだちいさいので来年はまた田植えができるかも知れません。

ちいさな池やそのまわりにはうちの集落には珍しくドジョウがいて、子どものころには冬に雪を掘ってドジョウを捕まえました。
8月の開花を待つゲンノショウコ。葉の形が冬を越す葉から変化してきて花の時期の近いのを教えてくれます。
ゲンノショウコは明るい道端が好きです。今はまだ背が低いので草刈り機では刈られません。
草刈りは草をいじめているように見えてしまうのですが、草刈りが毎年なされるからこそこういうちいさな日当たりを好む道端の草が暮らされるのですね。もし草刈りがならなくなったらゲンノショウコはそのうちにいなくなってしまうでしょう。
道端から林縁、林床、人の入る山から原生林へ。また道端から田んぼの土手、田んぼの中、そして沢から川へ。
それぞれに日当たりや水分に違いがあって、だからいろんな草があって、いろんな草をいろんな虫が食べる、と。
こういう地形や植生や人の関わり具合の勾配をエコトーンと呼ぶのだそうです。ここにはそれがあるような気がします。

作業は休み休み。昔の話をしたりしながら進んでいきます。
手前のじいさまは80歳代後半、その奥の方は昨年は88歳でしたが今年は89.5歳、だそうです。
まだ動けるから作業するのだか、こういう作業をするから動いているのだかわからんと言っていました。

あと10年、いえ5年経ったらどんなふうになっているのでしょう。20年経ったら集落にはぼくだけ残っているくらいかもしれません。そしたら、ヤギやヒツジでも飼って毎朝別なところに繋いで草を食べてもらいましょう。(ユリとかゲンノショウコとか美味しいのだけ食べちゃうかな?)

チョウがとまっていました。これはクロヒカゲ?
キアゲハのようにゴージャスでもないし、ホタルのように光らないし、カブトムシのようにツノもありませんがシックな色合いで林の中にほとりにちらちらと飛んでいます。サウイウモノニぼくもなりたい。
集合時間は午前8時、なぜだかわかりませんが集落の共同作業はたいてい集合時間が午前8時です。
これは草刈り機。こちらは肩掛け式のもの。

こちらは割合最近多くなってきた背負うタイプのものです。

ぼくは肩掛け式のもののほうが好きです。いえ、むしろ鎌のほうが好きなのですが、でも鎌だとやっぱりたいへんです。
昨日は15人ほど集まりました。集落の家の数より多いのは、昔住んでいた方もこういう作業の日には参加してくれるのです。あるおじいちゃん(まあ、みんなおじいちゃんと言ってさしつかえない年齢ですが・・・)は、「いやあ、こりゃ人が集まってお祭りだねぇ」と喜んでおりました。

草刈りは、道端の草刈りです。クズなどのつるが手ごわいですね。
背負うタイプのものは刃先がより自由に使えるのですがその分、ケガする可能性も高くなるような気がしています。

ぼくは写真を撮っているだけのように見えますが、そうではなくて陸上の練習の追い越し走のように、先に行っては刈り、あるいは草を集め、という具合です。

面白いのは、みんなが残す草があることです。
これはヤマユリ。

こちらはアザミですね。アザミも食べられるので残してある?

こちらもヤマユリです。三本並んでこれから咲くのですね。
うちの集落の付近は道端にヤマユリが多くて、ヤマユリも道端の草の仲間です。
ヤマユリは根っこが食べられるのでいざというときのためにこんなふうに残すのでしょうか。

特段、「ヤマユリは刈っていけません」というルールがあるのでもないのですが、こんなふうになるのが不思議なところです。
田んぼの脇の砂利道、すっきりしました。

ここの田んぼは、ここの持ち主が今年の冬に体調を崩して今年は田植えができませんでした。
来年はどうかな?こんなふうにいつの間にか休耕田が増えていってしまうのかな?
田んぼをもう作りません、というのは田んぼを作ったことの無い方が思う以上にずっと稲作をしてきた人には重いものだと思います。
上の写真を見てもらうとわかるとおり、ここは谷間のような地形で、こういうところを谷地田、などと呼びます。今は大きな平野部で大規模に稲作をすのが収量も多く効率も良いのでしょうが、稲作のはじまりは灌漑設備(堰ですね)の発達を待つまではこういったところだったと聞きます。ここでは堰から水を引くのでなく、奥の谷間から水が来て一年中水が枯れることがありません。
一体、何百年前からここで稲作がなされたのでしょう?今の代の方の前に何十世代にもわたって稲作されてきたところかもしれません。諦めるというよりも、心が折れてしまう、そんな感じかもしれません。田んぼの中の草はまだちいさいので来年はまた田植えができるかも知れません。

ちいさな池やそのまわりにはうちの集落には珍しくドジョウがいて、子どものころには冬に雪を掘ってドジョウを捕まえました。
8月の開花を待つゲンノショウコ。葉の形が冬を越す葉から変化してきて花の時期の近いのを教えてくれます。
ゲンノショウコは明るい道端が好きです。今はまだ背が低いので草刈り機では刈られません。
草刈りは草をいじめているように見えてしまうのですが、草刈りが毎年なされるからこそこういうちいさな日当たりを好む道端の草が暮らされるのですね。もし草刈りがならなくなったらゲンノショウコはそのうちにいなくなってしまうでしょう。
道端から林縁、林床、人の入る山から原生林へ。また道端から田んぼの土手、田んぼの中、そして沢から川へ。
それぞれに日当たりや水分に違いがあって、だからいろんな草があって、いろんな草をいろんな虫が食べる、と。
こういう地形や植生や人の関わり具合の勾配をエコトーンと呼ぶのだそうです。ここにはそれがあるような気がします。

作業は休み休み。昔の話をしたりしながら進んでいきます。
手前のじいさまは80歳代後半、その奥の方は昨年は88歳でしたが今年は89.5歳、だそうです。
まだ動けるから作業するのだか、こういう作業をするから動いているのだかわからんと言っていました。

あと10年、いえ5年経ったらどんなふうになっているのでしょう。20年経ったら集落にはぼくだけ残っているくらいかもしれません。そしたら、ヤギやヒツジでも飼って毎朝別なところに繋いで草を食べてもらいましょう。(ユリとかゲンノショウコとか美味しいのだけ食べちゃうかな?)

チョウがとまっていました。これはクロヒカゲ?
キアゲハのようにゴージャスでもないし、ホタルのように光らないし、カブトムシのようにツノもありませんがシックな色合いで林の中にほとりにちらちらと飛んでいます。サウイウモノニぼくもなりたい。