日食のあいだに、木漏れ日の変化などの影の変化も見ていました。
これは朝の6時02分。
まだ太陽が低いこともあってはっきりしていません。

6時58分。う~ん、まだよくわかりません。

7時27分。
おお、これはもう木漏れ日のかたちがいつもと違う感じになってきました。

そして7時35分。
これはもういつもとかなり違います。木漏れ日のかたちは月の重なった太陽と同じようなかたちになりました。

太陽を撮影している最中にも、こんなふうにまわりの様子も見ているのは、この機械のおかげでした。これでどのくらいの頻度で撮影するか設定して、あとはほうっておくと1分に一枚とかをとってくれるのです。なので、赤道儀もいるのですね。機材のセットは割合大変なのですが、セットすればあとは時折眺めてみるだけでよかったです。

じゃん、クルマからなにか出してみました。
これはなんでしょう?と思ったら

いすでした。
4本足ではないので、座ったら足は地面についたままでバランスをとるタイプのいすです。
見つけたときに、これは便利!と思って買ってみたのですが、ふと考えると、ぼくは野外ではわざわざイスに座ったりしないのでなかなか出番がありませんでした。この際だからと使ってみました。

で、背もたれにメッシュの部分があります。

7時10分。このメッシュを通した陽射しは、太陽の見えているところと同じかたちになりました。

7時41分には、このようにほんとにはっきり形が見えていました。

これらの陽射しの形が変わるのは、ピンホールカメラとおなじ理屈だそうです。
あと、今回出来なかったのですが、面白いのは鏡で壁に太陽を反射させる方法でした。
写真は、2009年の日食の際に試していたもの。
大き目の建物の屋内や日陰のところ(北側の壁とか)に反射させて写すと、その光はこのようになりました。

鏡で反射させるのは、なるべくちいさい面積の鏡でするほどに像がはっきりします。
ただ、あまりちいさいと今度は暗くなるので、その折り合いのつくような大きさにしておきます。
四角い鏡でも、このようにしてみると丸く写るのが面白いものです。
これは日食のときだけでなく、いつでもこういうふうになるのですが、像が丸いのはなんというか見慣れているので、それが実は太陽のかたちなのだとは思えないのです。木漏れ日でもそうですね。欠けてみて初めて、ああ、そうかいつもは太陽は丸いんだ、と思うところがあります。
木の葉の風にひらひらしているのが、ふとそのひらひらが止まった瞬間に、「ああ、そうか。いままで動いていたんだ」と思うのに似ています。
さて、これにて日食を見たおはなしはおしまいです。
この日には、遠くに行ってわっかをみるつもりだったのでお休みをいただいておりました。
ふと思うと、この公園に昼の時間帯にこられるのはなかなかないことでもあるので、草を見てまわるのを思うさまできます。月山はまだまだ雪がありました。

そしてこのような可愛らしい花もありました。

みなさんが一生懸命に働いているお昼の時間に草を眺められるなんて、すばらしい贅沢です。
ありがたや、ありがたや。
これは朝の6時02分。
まだ太陽が低いこともあってはっきりしていません。

6時58分。う~ん、まだよくわかりません。

7時27分。
おお、これはもう木漏れ日のかたちがいつもと違う感じになってきました。

そして7時35分。
これはもういつもとかなり違います。木漏れ日のかたちは月の重なった太陽と同じようなかたちになりました。

太陽を撮影している最中にも、こんなふうにまわりの様子も見ているのは、この機械のおかげでした。これでどのくらいの頻度で撮影するか設定して、あとはほうっておくと1分に一枚とかをとってくれるのです。なので、赤道儀もいるのですね。機材のセットは割合大変なのですが、セットすればあとは時折眺めてみるだけでよかったです。

じゃん、クルマからなにか出してみました。
これはなんでしょう?と思ったら

いすでした。
4本足ではないので、座ったら足は地面についたままでバランスをとるタイプのいすです。
見つけたときに、これは便利!と思って買ってみたのですが、ふと考えると、ぼくは野外ではわざわざイスに座ったりしないのでなかなか出番がありませんでした。この際だからと使ってみました。

で、背もたれにメッシュの部分があります。

7時10分。このメッシュを通した陽射しは、太陽の見えているところと同じかたちになりました。

7時41分には、このようにほんとにはっきり形が見えていました。

これらの陽射しの形が変わるのは、ピンホールカメラとおなじ理屈だそうです。
あと、今回出来なかったのですが、面白いのは鏡で壁に太陽を反射させる方法でした。
写真は、2009年の日食の際に試していたもの。
大き目の建物の屋内や日陰のところ(北側の壁とか)に反射させて写すと、その光はこのようになりました。

鏡で反射させるのは、なるべくちいさい面積の鏡でするほどに像がはっきりします。
ただ、あまりちいさいと今度は暗くなるので、その折り合いのつくような大きさにしておきます。
四角い鏡でも、このようにしてみると丸く写るのが面白いものです。
これは日食のときだけでなく、いつでもこういうふうになるのですが、像が丸いのはなんというか見慣れているので、それが実は太陽のかたちなのだとは思えないのです。木漏れ日でもそうですね。欠けてみて初めて、ああ、そうかいつもは太陽は丸いんだ、と思うところがあります。
木の葉の風にひらひらしているのが、ふとそのひらひらが止まった瞬間に、「ああ、そうか。いままで動いていたんだ」と思うのに似ています。
さて、これにて日食を見たおはなしはおしまいです。
この日には、遠くに行ってわっかをみるつもりだったのでお休みをいただいておりました。
ふと思うと、この公園に昼の時間帯にこられるのはなかなかないことでもあるので、草を見てまわるのを思うさまできます。月山はまだまだ雪がありました。

そしてこのような可愛らしい花もありました。

みなさんが一生懸命に働いているお昼の時間に草を眺められるなんて、すばらしい贅沢です。
ありがたや、ありがたや。