昼に「どん!」という音がなんども鳴っていました。
お昼休みに、なんだろうかと音に引かれて歩いていくとばくだんのおじさんがクルマにばくだんの機械をのせてやってきていました。
ばくだんのおじさんは、昔うちの集落でおまつりなどがあったりするとどこからか来てくれて、米やマカロニを持って集まったのを思い出します。
今はすっかり見かけなくなっていたのです。
鉄の圧力のかかる容器をガスで温めて、この圧力をどん!と抜くとばくだんができます。
(ばくだん、は、ポン菓子という呼び名が一般的でしょうか?)

かたわらには蜜を温めていました。
ここの近くに、ちいさなハチが訪れていて、それも撮りたかったけれどいなくなってしまいました。

「どん!となるところを写真に撮りたいのですが」と言ったら、クルマの右側のほろをあけてくれました。

もうそろそろ、熱するのがちょうどよい時間になりました。

レバーを持つ手に力が入ります「さあて、行くぞ」
(おじちゃんは嬉しそうです。カメラマンがいるから気合が入ります。)
どん!

どうでしょう?
今回はあまり水蒸気が見られませんでした。

2枚上から、かごの左側を見てください。
一瞬でふくらんで、あの圧力のかかる釜のようなものよりもずいぶんたくさんできました。

容器のなかにもばくだんははいっています。

漬物用の樽に、先ほどから暖めていた蜜をかけます。

容器をぐるぐるとんとんっと動かして蜜をからめます。

できました!
見ていたらもらってしまいました。
「え~!ほんとうにもらって良いのですか???」と何度も聞きましたが、プレゼントにあげます、とのことでした。やった~!

できたてはまだほんのりと暖かく、しゅわっとした食感です。
近くの建物におじゃましたら、どこかから来ていた子どもがいて、やった~のついでにあげました。
手がちいさいから、ぼくが持つよりお得なかんじがします。

このばくだん屋のおじさんは、20年ほどこの仕事をしているようですが、以前には仕事のせいか体調を崩してしまったのだとか言っていました。
でも、こちらの仕事にしたらだんだんと治ったのだそうです。
(最近になればなるほど、美味しいお菓子がたくさんいつでも食べられるからありがたがる子も少なくなったと言っていましたが)
おじさんありがとう!といろんなかたに言ってもらったりするものだから続けているのかしらんと思いました。ぼくはうっかりもらってしまって、たいへんに嬉しかったものだから、あげてしまいました。
経済活動の基本は贈与にあります(とか、解かったようなことを書いてみる)。
もらったものは、だれかにあげないといけません。(ぼくらが生きているのは、命を贈与されたからで、まずはじめに、すでに返しようの無い贈与を受けているというところから物語ははじまります。)
景気が良いとか良くないとかいうのですが、景気が良いと良いなと思うのはものがくるくるまわるからと思います。ヒトという生き物はなにかが動いているのを見るのがたいへん好きなのですね。小鳥のちょろちょろしているのを眺めて嬉しいのと基本的に同じと思います。
おじさんがドン!とふくらましたバブリーなポン菓子(もともとは、だれかのうちの古いおもちだそうで、これがさらに10倍ほどにふくれた)が、ロッキーチャックさんがわけてもらって、うひょ~、っとなって、子どもにあげてしまって、これまた友達やおねえちゃん(となりにいた)やおうちのひとにわけてあげてくるくるとまわっていったら、なんだか景気の良くなったように思いませんか?
お金というのは、ものがくるくる回るためにある手段であって、目的はものがくるくる回って、いろんな方がうひょ~となることなので、お金という手段でなくこういうのも良いじゃあないかと思ったりしたのでした(春だもの)。
お昼休みに、なんだろうかと音に引かれて歩いていくとばくだんのおじさんがクルマにばくだんの機械をのせてやってきていました。
ばくだんのおじさんは、昔うちの集落でおまつりなどがあったりするとどこからか来てくれて、米やマカロニを持って集まったのを思い出します。
今はすっかり見かけなくなっていたのです。
鉄の圧力のかかる容器をガスで温めて、この圧力をどん!と抜くとばくだんができます。
(ばくだん、は、ポン菓子という呼び名が一般的でしょうか?)

かたわらには蜜を温めていました。
ここの近くに、ちいさなハチが訪れていて、それも撮りたかったけれどいなくなってしまいました。

「どん!となるところを写真に撮りたいのですが」と言ったら、クルマの右側のほろをあけてくれました。

もうそろそろ、熱するのがちょうどよい時間になりました。

レバーを持つ手に力が入ります「さあて、行くぞ」
(おじちゃんは嬉しそうです。カメラマンがいるから気合が入ります。)
どん!

どうでしょう?
今回はあまり水蒸気が見られませんでした。

2枚上から、かごの左側を見てください。
一瞬でふくらんで、あの圧力のかかる釜のようなものよりもずいぶんたくさんできました。

容器のなかにもばくだんははいっています。

漬物用の樽に、先ほどから暖めていた蜜をかけます。

容器をぐるぐるとんとんっと動かして蜜をからめます。

できました!
見ていたらもらってしまいました。
「え~!ほんとうにもらって良いのですか???」と何度も聞きましたが、プレゼントにあげます、とのことでした。やった~!

できたてはまだほんのりと暖かく、しゅわっとした食感です。
近くの建物におじゃましたら、どこかから来ていた子どもがいて、やった~のついでにあげました。
手がちいさいから、ぼくが持つよりお得なかんじがします。

このばくだん屋のおじさんは、20年ほどこの仕事をしているようですが、以前には仕事のせいか体調を崩してしまったのだとか言っていました。
でも、こちらの仕事にしたらだんだんと治ったのだそうです。
(最近になればなるほど、美味しいお菓子がたくさんいつでも食べられるからありがたがる子も少なくなったと言っていましたが)
おじさんありがとう!といろんなかたに言ってもらったりするものだから続けているのかしらんと思いました。ぼくはうっかりもらってしまって、たいへんに嬉しかったものだから、あげてしまいました。
経済活動の基本は贈与にあります(とか、解かったようなことを書いてみる)。
もらったものは、だれかにあげないといけません。(ぼくらが生きているのは、命を贈与されたからで、まずはじめに、すでに返しようの無い贈与を受けているというところから物語ははじまります。)
景気が良いとか良くないとかいうのですが、景気が良いと良いなと思うのはものがくるくるまわるからと思います。ヒトという生き物はなにかが動いているのを見るのがたいへん好きなのですね。小鳥のちょろちょろしているのを眺めて嬉しいのと基本的に同じと思います。
おじさんがドン!とふくらましたバブリーなポン菓子(もともとは、だれかのうちの古いおもちだそうで、これがさらに10倍ほどにふくれた)が、ロッキーチャックさんがわけてもらって、うひょ~、っとなって、子どもにあげてしまって、これまた友達やおねえちゃん(となりにいた)やおうちのひとにわけてあげてくるくるとまわっていったら、なんだか景気の良くなったように思いませんか?
お金というのは、ものがくるくる回るためにある手段であって、目的はものがくるくる回って、いろんな方がうひょ~となることなので、お金という手段でなくこういうのも良いじゃあないかと思ったりしたのでした(春だもの)。