昨日は、ほんとうの多くのコメントありがとうございました。
また、プレゼントもそっと、いただきました。

さてさて、二週目に入ります。
昨日のコメントにて、村上春樹さんの文章のよう、と評していただきました。
ぼくも村上春樹さんの本は好きです。
あの方の小説の面白いところは、どのおななしも、飽くことなくおなじようなパターンであるというところでしょうか。

いつもの日々が、なにかしら良くないものから変えられてしまい、なにかを失い、それを取り戻すために主人公はうろうろ、あたふたとし、そのうちに、ちょっと変わってしまった世界の日常に戻る。
というのが、彼の繰り返させるものがたりです。
なのに、毎回楽しみにしてしまう、と。

一年というのもおなじかも知れません。
毎日は、あまり変わりないように思うのに、とある朝に、春が来て、とある夕暮れに秋を感じるというような。
そして、毎年、似ているけれど、ちょっと違う一年を過ごしていくのですね。

さて、前置きはこれくらいに。

先週の日曜は、「お日待ち」という行事がありました。それとあわせて、「火祭り」「オシラサマ」も。
今日は、その様子について書きたいと思います。
これは、先週の集落の集会所。これからお日待ちがあります。
山の草とか花とか虫とか-集会所

まず、お日待ち、は、1月23日の夕方から行われることになっています。
今は、近くの日曜日ということになっていて、今年は22日の日曜になりました。
「おさいとう」とおなじく、同様の行事は各地で行われてもいたようなのですが、おさいとうほどは今は残っていないようですね。
調べてみると、冬だからお日様が恋しくて・・・、というわけではなく、みんなで集まって夜更かしし日の出を待つと言うのが原型であるようです。
似たようなものに、二十三夜待ち、という月見もあり、これもまた23日の遅く昇る月を待つ行事のようでした。

ええと、要は、みんなで夜更かししても良い日、という感じでしょうか?

お日待ちでは、納豆を食べます。
納豆は、持ちよった米を炊いて、それにかけて食べるのです。
山の草とか花とか虫とか-納豆
お日待ちは、残っているところもあるようなのですが、この「なっとうかけごはん」が珍しいようですね。数年前に学者さんから、この行事の写真を撮って送ってくださいと頼まれました。

こちらは、豆腐のすまし汁。しょうゆだけでのお汁です。
山の草とか花とか虫とか-豆腐のお汁
この写真は、2010年のもの。

あ、納豆で思い出しました。
うちの近くでは、春の七草の七草粥はしません。
七草もなにも、雪のしたなので採れないんですね。
そのかわりであるのか、七草粥の日には、納豆汁を食べます。

納豆汁が、ほかのところの七草粥とおなじ意味合いだと気がつかずに、「あ、今日は納豆汁」と思って普通に食べてしまいました。

これも、2010年に撮っていましたね。
集会(「常会:じょうかい」と言います)で決めたことが黒板に書いてあります。
山の草とか花とか虫とか-黒板

ついで、と言うと怒られそうですが、ほんとうは、1月の末あたりには、「火祭り」という行事も別にありました。
これは、そのときのオフダです。本当は別な行事なのだけれど、何年も一緒にやっていると、「お日待ち」と「火祭り」が混じって、「お日祭り」になってみたりしてきます。
右のフダが「火フダ」で、これはかまどのあるところに貼って火事にならないように火を伏せるものです。「火フダ」は「火伏せの札」の略ですね。
山の草とか花とか虫とか-火伏せの札
真ん中のフダは、う~ん。魔除けと聞いております。読めない字で書いてありますが、ちょっと違いがありますよね。
左のは渡すために分けておいただけ。

あと、1月のこのことにされていた行事があります。
オシラサマ講というものです。
オシラサマ講は、養蚕にまつわるものであるとのことで、うちのところでは、女性だけが夜な夜な集まるものだったようです。男子禁制とか、そういうこともあるようで、とかく、このオシラサマは、禁制の多い神様のようです。(ちょっと恐ろしいので詳しく書きません)

でね、この掛け軸を今は、お日待ちとおなじ日にかけて一緒にするのですが・・・。
山の草とか花とか虫とか-かけじく
う~ん。これはオシラサマではないんですよね。
蚕影山大神と書いてあります。
その下には、筑波の文字も。
これは、オシラサマと同じく、養蚕にまつわる神様で蚕影山神社のもののようです。
どうにもね、集落のかたはこれを「オシラサマの掛け軸」と呼ぶのです。
とにかく、養蚕の盛んな時期もあった集落ですから、このような風習が残っているのでしょう。
(ちょっと離れたところには、諏訪様に集まるオシラサマ講もあるようです)

そんなことで、夜が更けていきました。
(お日待ちは、一家から一人しか出られない行事なので、ぼくは写真だけ撮って帰りました)

冬のこの時期に、納豆を食べるのは、冬場のたんぱく質補給でしょうか。
また、みんなで寄り合うのは、春には共同作業がいろいろとありますが、冬にはどうしても家々に閉じこもってしまいますから、こういう機会が要ると、昔々のひとが考えたのかもしれませんね。

お日待ちの翌日には「病送り」がありました。
和紙を四角に切ったもので、体の具合の良くないところをこすって、集落のはじっこにササの軸にくっつけておきます。
山の草とか花とか虫とか-病送り
魔除けのフダが、ここにも毎年置かれますが、その下の、雪に埋もれ具合のが、白い和紙です。
身代わりの、形代のようなものでしょうかね。

これは、今の時期には吹雪くからいつのまにかどこかに消えてしまっています。
う~ん。体の良くないところ?
ぼくは、顔と頭をこすりました。
この紙が、吹雪に飛ぶころには、ぼくも顔が良く、頭脳明晰になっているやもしれません。