ぼくの最初の記事は、2011年1月27日「ブログ?はじめます」でした。
今日は1月26日ですから、これで一年が経ちました。
一番最初の記事には「ブログ。だそうです。どういう具なのかな。」
と書いてありました。ふざけております。
それまでは、ぼくの家ではインターネットは使えませんでした。
当時、NTTでCMをしていた「あなたの村にも光を」というような事業で、ぼくの住む町も光ケーブルを敷設してくれて、ようやく使えるようになりました。
一年を振り返ってみます。
2月には、大頭森山にこの年の3回目の登りに行っていました。
あ、このマガモの写真は、関係ありませんが、この月のなかの写真で気に入ったもの。

3月には、地震がありました。

11日からは4月の上旬までガソリンは無くなり、スーパーの棚が空っぽになりました。
12日の夜中まで停電で、テレビも見られないし電話もかからないし、まだなにがあったのかよくわからぬままの二日間でした。そしていまだに、それは続いているように思います。
でも、うちの集落のじいさま、ばあさまたちは電気が無くても大丈夫なようでした。
山村は、いつも不便だけれど、いざ電気がなくなってもなんとかなる、という感じがしたものです。
4月には、春がやってきました。
春はいつでも劇的で、とある日の朝に、「あいやま、いづのまにが、春さなったは~」という感じに訪れます。

5月には、春がまっさかりになりました。
「風薫る5月」息を吸うのも嬉しさの春を感じる季節です。
輝かしい、ほんとうに輝かしい季節と思います。

残雪の大朝日岳に行き、たんぼの作業がはじまりました。
6月には、次々にまだ見たことのない虫たちに毎日出会います。
田んぼに、山に、街に、いろんな花が咲き、虫が舞いました。

7月は、朝日連峰は残雪の山から夏の山へ変わってゆきます。
また、川に潜って写真を撮ったりもしていました。

8月には、入道雲が青い空にもくもくと立ち上がる一方で、イネの花が咲き、ススキが穂を出し、花火大会の15日ごろにはもう秋の気配を感じました。

9月は、稲刈りのシーズン。
また、朝日連峰の稜線部の保全作業や、登山道の整備にも行っていました。

これは、オニヤンマ、ですね。
10月には、朝日連峰に紅葉を眺めに行きました。

月末には、新米も出来上がって、ごはんのおいしい日々になります。
11月はというと、朝日連峰の以東岳から、大朝日までをようやく通して歩くことができました。
主稜線の真ん中あたりから登って、北と南に行ったので縦走ではなくT走、という感じです。

このころから里も紅葉から落葉し雪が降り始めました。
12月には、もうすっかり冬に。

1月、まだ1月ですが、これで季節をひとまわり。

一年にどういうことがあったのか想い出せばあっという間のような、そうでないような。
ほんとうにいろいろなことがあった一年でした。
はじめは、このような記事をどなたか読んでくださるのかな?という感じでしたけれど、みなさまにコメントなどご教示ををいただきながら、おかげ様でほぼ毎日、田舎のはじっこの山村の草や虫たち、山に集落の様子を載せてくることができました。ほんとうにありがとうございます。
また、いろいろな方の山の様子、暮らしぶりを拝見できることは、ほんとうに興味深く楽しいものでした。
ぼくの住む集落は、最近の言葉で言うと「限界集落」と言うものでしょうか。
とある報告書には「アネクメネ(人の住めないところ、人跡未踏の地)」という文字も見えました。
地区で見ると、戦後の復員のころがもっとも多く、今はそのころの1/10くらいの人口になりました。
小学校は無くなり、農協も無くなり、街に家を建てられる若い世帯は軒並み街に行きました。
手入れされない山は荒れ、木はいろいろな病気になり、田んぼは林に戻っていき、住む人のいなくなった家は雪に潰れ、なのに川には護岸がぺたぺたと貼られていきます。
今日、林業をずっとしている方から電話があり
「寒バヤを採りに行ったけれど、採れねえ。ウサギも山が荒れて、下草が生えねえからエサがなくて数が減っている」
というはなしを聞きました。
ウサギのあしあとを追えば、ウサギのいるのはわかります。
ちょうちょが花に来れば、花が好きだというのがわかります。
しかし、それだけではなかなかね。どういうふうに繋がっているのかが見えてきません。
ぼくには、まだまだ知識も経験も、歩いた距離も足りません。
ぼくの山に行くのは、いわゆる登山ではないのかも知れません。
自分の住んでいるところがどうなっているのか。
雨が雪が降り、川ができて岩に土を削り、山が出来、陽が照って風が吹き、岩が砕けて草や木が生え、虫や動物たちがやってきて、ついでに人も住む。
そういういろいろのものがたりをちょっとずつ紡ぐのか、紐解くのかわかりませんが、歩いた点を繋げていきたいと思うのです。
観れば見るほどに、わからないことが増え続け、自分の足の頼りなさ、観察力の不足、思考の鈍さを嘆くばかりです。
せめても、自分のまわりの山や川、そこにともに住むものたちを知り、ぼくもいっしょにいたいのです。
さて、長くなりましたが、3日くらいでお終いかな?とはじめた山村からのお便りも、もうちょっと続きそうな気がいたします。
それでは、読んでいただいている皆様、本当に有難う御座います、と感謝を申し上げるとともに、これからももうしばらく、お付き合いいただきますよう宜しくお願いいたします。
今日は1月26日ですから、これで一年が経ちました。
一番最初の記事には「ブログ。だそうです。どういう具なのかな。」
と書いてありました。ふざけております。
それまでは、ぼくの家ではインターネットは使えませんでした。
当時、NTTでCMをしていた「あなたの村にも光を」というような事業で、ぼくの住む町も光ケーブルを敷設してくれて、ようやく使えるようになりました。
一年を振り返ってみます。
2月には、大頭森山にこの年の3回目の登りに行っていました。
あ、このマガモの写真は、関係ありませんが、この月のなかの写真で気に入ったもの。

3月には、地震がありました。

11日からは4月の上旬までガソリンは無くなり、スーパーの棚が空っぽになりました。
12日の夜中まで停電で、テレビも見られないし電話もかからないし、まだなにがあったのかよくわからぬままの二日間でした。そしていまだに、それは続いているように思います。
でも、うちの集落のじいさま、ばあさまたちは電気が無くても大丈夫なようでした。
山村は、いつも不便だけれど、いざ電気がなくなってもなんとかなる、という感じがしたものです。
4月には、春がやってきました。
春はいつでも劇的で、とある日の朝に、「あいやま、いづのまにが、春さなったは~」という感じに訪れます。

5月には、春がまっさかりになりました。
「風薫る5月」息を吸うのも嬉しさの春を感じる季節です。
輝かしい、ほんとうに輝かしい季節と思います。

残雪の大朝日岳に行き、たんぼの作業がはじまりました。
6月には、次々にまだ見たことのない虫たちに毎日出会います。
田んぼに、山に、街に、いろんな花が咲き、虫が舞いました。

7月は、朝日連峰は残雪の山から夏の山へ変わってゆきます。
また、川に潜って写真を撮ったりもしていました。

8月には、入道雲が青い空にもくもくと立ち上がる一方で、イネの花が咲き、ススキが穂を出し、花火大会の15日ごろにはもう秋の気配を感じました。

9月は、稲刈りのシーズン。
また、朝日連峰の稜線部の保全作業や、登山道の整備にも行っていました。

これは、オニヤンマ、ですね。
10月には、朝日連峰に紅葉を眺めに行きました。

月末には、新米も出来上がって、ごはんのおいしい日々になります。
11月はというと、朝日連峰の以東岳から、大朝日までをようやく通して歩くことができました。
主稜線の真ん中あたりから登って、北と南に行ったので縦走ではなくT走、という感じです。

このころから里も紅葉から落葉し雪が降り始めました。
12月には、もうすっかり冬に。

1月、まだ1月ですが、これで季節をひとまわり。

一年にどういうことがあったのか想い出せばあっという間のような、そうでないような。
ほんとうにいろいろなことがあった一年でした。
はじめは、このような記事をどなたか読んでくださるのかな?という感じでしたけれど、みなさまにコメントなどご教示ををいただきながら、おかげ様でほぼ毎日、田舎のはじっこの山村の草や虫たち、山に集落の様子を載せてくることができました。ほんとうにありがとうございます。
また、いろいろな方の山の様子、暮らしぶりを拝見できることは、ほんとうに興味深く楽しいものでした。
ぼくの住む集落は、最近の言葉で言うと「限界集落」と言うものでしょうか。
とある報告書には「アネクメネ(人の住めないところ、人跡未踏の地)」という文字も見えました。
地区で見ると、戦後の復員のころがもっとも多く、今はそのころの1/10くらいの人口になりました。
小学校は無くなり、農協も無くなり、街に家を建てられる若い世帯は軒並み街に行きました。
手入れされない山は荒れ、木はいろいろな病気になり、田んぼは林に戻っていき、住む人のいなくなった家は雪に潰れ、なのに川には護岸がぺたぺたと貼られていきます。
今日、林業をずっとしている方から電話があり
「寒バヤを採りに行ったけれど、採れねえ。ウサギも山が荒れて、下草が生えねえからエサがなくて数が減っている」
というはなしを聞きました。
ウサギのあしあとを追えば、ウサギのいるのはわかります。
ちょうちょが花に来れば、花が好きだというのがわかります。
しかし、それだけではなかなかね。どういうふうに繋がっているのかが見えてきません。
ぼくには、まだまだ知識も経験も、歩いた距離も足りません。
ぼくの山に行くのは、いわゆる登山ではないのかも知れません。
自分の住んでいるところがどうなっているのか。
雨が雪が降り、川ができて岩に土を削り、山が出来、陽が照って風が吹き、岩が砕けて草や木が生え、虫や動物たちがやってきて、ついでに人も住む。
そういういろいろのものがたりをちょっとずつ紡ぐのか、紐解くのかわかりませんが、歩いた点を繋げていきたいと思うのです。
観れば見るほどに、わからないことが増え続け、自分の足の頼りなさ、観察力の不足、思考の鈍さを嘆くばかりです。
せめても、自分のまわりの山や川、そこにともに住むものたちを知り、ぼくもいっしょにいたいのです。
さて、長くなりましたが、3日くらいでお終いかな?とはじめた山村からのお便りも、もうちょっと続きそうな気がいたします。
それでは、読んでいただいている皆様、本当に有難う御座います、と感謝を申し上げるとともに、これからももうしばらく、お付き合いいただきますよう宜しくお願いいたします。