今朝は、仕事に出るためクルマに乗ってちょっと行ったら、リスが道路を横断中でした。
轢かなくて良かった~。

さて、稿を改めました。(というようには、この言葉は使わないのかな?)

うちの集落のおさいとうです。
小屋の雪下ろしをしてもらったおばあちゃんもやってきました。
山の草とか花とか虫とか-雪の空を見あげる
おさいとうの木を積んだものは、おばあちゃんのいる右側にあるのですが、雪に隠れて見えません。

たしか、そろそろ90歳も近い年齢だったように思います。
ほんとに丈夫ですね。
山の草とか花とか虫とか-大日堂を参る
ここは、「村の元朝参り(がんちょうまいり)」でも回った大日様です。

おさいとうは、本来は日が暮れてから火をつけるのでしたが、道路が凍ると危ないですし、明るいうちに点火しました。
火をつける前にも撮っておこうとも思いましたが、前日にぼくの行った集落のおさいとうよりもさらにちいさくって、なんだかはずかしい気持ちがしたので撮りませんでした。

うちのところの、おさいとうでは、ミズキの枝にだんごを刺してあぶってたべます。
これを食べると無病息災とかなんとか。(でも、実は今、発熱しています)
山の草とか花とか虫とか-だんごを焼く
このとうちゃんの持っているミズキは、一本すいっとなっていますが、ほんとは枝の広がったのにだんごをたくさんつけてあぶります。
火の大きいころには、熱くって近寄れないから長い長い枝を使いました。

雪の階段も火に照らされます。
山の草とか花とか虫とか-照らされる雪の階段

大き目の焚き火、くらいなものですね。
ほんとは、ずずんと大きくするのです。
山の草とか花とか虫とか-おさいとう
写真の右の人は、珍しいのか一生懸命に記録していました。(雪下ろしの手伝いにきたかたですね)

このように、今の時期におおきな火をたく行事は全国各地にあるそうです。
名前もいろいろで、とても書ききれないからこちらをご覧ください

うちの集落での場合は、おさいとうは、実際の発音では「おさいど」です。
「お柴灯」「お祭灯」「お歳頭」など、表記も違いがあるようです。
集会場の黒板には、「お祭灯は5時から」と書いてありました。

この行事では、正月のお飾りや、習字、旧年中のおふだ、などを燃します。
習字は、火の勢いで天高く上がれば上がるほどに上達するといいます。
また、燃え具合で、今年の作柄を占います。
今年は、風があまり強くなくよい塩梅にまっすぐ煙が上がりました。

また、燃やすものは、今は木ですが、本来はワラやマメがらだったそうです。
山の草とか花とか虫とか-おさいとう 後ろにスギ
ほら、上に素直に火の粉があがっています。

あと、このみんなで集まってのおさいとうの前に、各戸の玄関先にて「かどやき」というのをしていました。
わらを一束、逆さに立てて火をつけます。
そうすると、じいさまが「さ~ぐのいわい、さぐのいわいぃ~」ともにょもにょと唱えるのでした。
「作(豊作)の祝い」ですね。
この「さぐ」は、ぼくはちいさいころに「さげ(鮭)」に聞こえて、うちの近くには「サケノスケ」という怖い話があるものだから、家の前でわらを燃すのをすごく怖かった記憶があります。

この「かどやき」の煙を浴びると、これまた無病息災なのだそうです。

この時期にたくこの大きな火は、歳神様をお返しする儀式とも聞きました。
歳神様もいろいろのようですが、柳田國男さんの本などを読むには、山の神様=歳神様=先祖の霊、であるようです。

山の神様は、春に山から下りてきて、サクラに宿り、ヘビに姿を変えたりして田んぼの神様になり、秋には山に戻って、歳神様としてまたやってくる、という感じでしょうか。
この流れは、田んぼに欠かせない水の流れに重なります。
秋から山におわすものといえば、雪、ですね。雪はもちろん、春の代掻きで田んぼに水の要るころに融けて沢をくだります。

さて、これがだんごの焼けたの。
山の草とか花とか虫とか-だんご

おさいとうのところには、集落のみんなで集まって、昔はこんなことをした、とかそういう話をします。火を囲むと、いつまでもお話をしますね。
きっとこのような集まりが、共同体として存在するのには必要なのだと思います。