「海へ 砂浜2」のつづきです。※ずいぶん長くなってしまったので、お暇なときにでもどうぞ。
十六羅漢の磯から、北へ3kmほど。
有耶無耶の関があるという三崎公園付近にきました。
駐車場には、三つの看板・・・。
看板1。
この看板を写真に撮り、カメラで再生しながら確認しつつ歩きました。
しかしながら、作られた年代が違うのかなんなのか。道といろんな建物や駐車場の位置関係からしてちょっと現場と異なっています。

この看板によると、有耶無耶の関跡は、灯台の北(看板の右側)となっています。
看板の、現在地と書かれたところの上には「青銅刀発見の地」「蕨手刀発見の地」と。
あとで書きますが、これが「出雲系物部氏」との関係のあるところでしょうか?
看板2。
ここは東北自然歩道の一部になっているようです。
縮尺がだいぶ違いますが、この看板では、有耶無耶の関は現在の国道7号線の現在地と同じところになっています。

ところが、周囲を眺めても、それらしきものは見当たりません。
看板3。
看板には「三崎山 奥の細道」とありました。
松尾芭蕉は、ここを元禄2年6月16日に越えたとあります。
あと、「むかし有耶無耶の関があったという」とも。
え~。松尾芭蕉のころには、すでに「むかし」であったのか。

そして、三崎山!山!Mt.misakiとかいてあります!
(帰宅してから、1/25000の地形図で確認したら、標高58.7mの三角点がありました。)
まあ、行って見ましょう。
駐車場の海側にはこんもりと森があって、タブノキが不思議な樹形で生えていました。
南の地方では珍しくないのでしょうけれど、ぼくには見慣れない光景です。
そういえば、飛島にもタブノキの林がありました。
ここのタブノキは、県指定のタブ林と看板1にもありました。

照葉樹の大きいものはあまり見たことがないのですが、ここにあるのは、有耶無耶の関にいるという手長足長という鬼(?)のおはなしと関係があるようです。

手長足長はとりあえずとして、酒田や飛島は海流の関係からか、冬でも割合に暖かく感じ、積雪もずいぶんと少ない(近年は、内陸より多いときもある)とのこと。山形県唯一の離島の飛島は、もっと暖かいようです。
駐車場からは、しっかりとした遊歩道になっているところを海の方向に歩きました。
海の近くまで来ると、山(山というより、丘だな)のうえに灯台が見えました。

有耶無耶の関は、灯台のむこうか~、と歩いているうちに、灯台を過ぎ・・・。
あれまあ?一里塚跡についていました。(わかりにくいですね、看板1をごらんください)

ええと、引き返します。
道はこんな感じ。
なるほど、照葉樹林の林床はこのようになっているのだ、と思いました。

灯台を行き過ぎ、下るときには右の道をきましたが、登りは左を行こう。
と思ったら・・・。道じゃありませんでした。ちょっとだけヤブのなかを歩く。
一番高いだろうところには、象潟町と、遊佐町の境界。
(帰宅後の確認ですが、ここが三崎山山頂付近でした。登頂です。やっほ~ぅ)

そして、道は看板では旧道と、遊歩道は交差しないはずなのに、交差しています。
あれ~?
旧道を行くことにしました。
ほんとにもう~。うやむやな道でござること。
山頂からは、ササの茂るトンネルみたいな道でした。
ちょっと下ったところにあったのは、大師堂。
右の階段のうえには、供養塔があります。

なるほど、場所が確認できたので、この周辺をちょっと戻ったり、うろうろ。
有耶無耶の関の標柱などは見当たりませぬ。
灯台のほうにも行ってみました。
羽後三崎灯台と書いてあります。

徐々に陽が暮れ、白い灯台も夕陽の色をちょっと映しておりました。

おおお~!
日本海にもう少しで陽が沈みます。

だんだんと日没も近づいたため、下山(?)することにしました。
うやむやなれどやむなし。
暗い林を抜けると、鳥海山が近くに見えました。
(手ぶれしたのに気がつかずに、撮っていたので、写真はちいさめ)

トンネルのような道を抜け、振り返る三崎山方向。

歩いたルートを航空写真の上に、なんとなく線をひいてみました。
白は往路。青は復路。×は一里塚。○は灯台。△は大師堂のあたりです。

う~ん。うやむやなり。
10月1日「まよい道 笹谷峠から雁戸山へ1 アカミノイヌツゲ」に、ビービービーさんからいただいたコメントで、有耶無耶の関が三崎峠にある、とお聞きしました。
笹谷峠にも有耶無耶の関があるわけで、なんと県内に二箇所???
笹谷峠の看板には
「関跡は、標高906m、伊達領陸前と、最上領出羽にまたがる笹谷峠にあり、東の笹谷宿、まで一里半、西の関沢宿まで一里半~」とあります。
このあと有耶無耶の由来として
「往古、関山に山鬼が住まいし、行客を捕らえてはこれを食した。ところが、山中に一番鳥(ひとつがいどり:神鳥)がいて、山鬼がいる時は「有也」いないときは「無也」と鳴いて、旅人に知らせて難を避けさせたという。この鳥は助庵仙住寺の十一面観音が神鳥となったものとする霊験譚がある」
で、こちらのお話では、
「今から1200年程前、三崎山に恐ろしい怪物が住んでいて、そこを通る旅人を捕らえて食べていました。この怪物は、手が長くて鳥海山まで届き、足は飛島までひとまたぎできたといいます。住んでいた岩の洞窟付近には人間の骨が散らばっていました。この怪物を退治しようと出かけていった武士も、帰ってくる人はほとんどいませんでした。道行く人々はおそるおそる三崎山を通っていたのです。
ところが、関所付近の林に三本足のカラスが住んでいて、近くに手長足長がいるときは「ウヤ」と鳴き、いないときは「ムヤ」と鳴きました。ここを通る人々は、これを聞き分けて通るようになりました。それ以来、この関所を「有耶無耶の関」と呼ぶようになりました。
折りから来合わせた慈覚大師はこの手長足長の話を聞いて退治に出かけましたが、捕らえられてしまったのです。しかし手長足長は、大師の鋭い眼力と慈しみの心に負け、しまいには、降参してしまいました。大師は、散らばっている人間の骨を集めて埋め、そこには五輪塔を建てて冥福を祈りました。
その後、手長足長が人間の肉を食べなくなると、タブの木の実を食べさせました。それからというもの、道行く人々も、カラスの鳴き声を聞き分ける必要も無くなり、安心して通ることができるようになったのです。大師が、三崎を去る時に、たくさんのタブの実を蒔いていきました。それが現在、三崎山にうっそうと茂るタブの木なのです。」※遊佐町HPより
う~む。大変似たおはなしです。
山鬼と、手長足長。一番鳥と、三本足のカラス。
その後、有耶無耶の関について、手持ちの資料がないため、ネットなどで調べてみるとですね。
どうも・・・笹谷峠と、三崎峠の二箇所にあるのではなく、どちらにあるのかよくわからぬ。ということのようでした。
有耶は有也(ありますよ、おりますよ)、無耶は無也(ありませんよ、おりませんよ)かな。
さてさて、あるのか、ないのか。
よろしい!まさに、うやむやであること間違いなし!
これは、どっちも有耶無耶の関でよいだろう、と思いました。
(と、断言してしまったらうやむやでないな)
うやむやであるのを満喫した後、日本海に沈む夕陽とほっそ~い月。そして帰宅前には、月山の姥沢の駐車場で星を観ました。それは、また別なおはなしで。
(しかし、この記事・・・。長くって途中で、どうしようか?と思いましたけど、載せてしまいます。
有耶無耶の関については、GoogleやWikipediaでどうぞ。)
Plant×50
タブノキ・・・1種×50=50円
climb×100
三崎山(いつの間にか登頂していたみたい)・・・1座×100=100円
10月1日から累計3,900円 9月:3,700円 4~8月:18,150円
十六羅漢の磯から、北へ3kmほど。
有耶無耶の関があるという三崎公園付近にきました。
駐車場には、三つの看板・・・。
看板1。
この看板を写真に撮り、カメラで再生しながら確認しつつ歩きました。
しかしながら、作られた年代が違うのかなんなのか。道といろんな建物や駐車場の位置関係からしてちょっと現場と異なっています。

この看板によると、有耶無耶の関跡は、灯台の北(看板の右側)となっています。
看板の、現在地と書かれたところの上には「青銅刀発見の地」「蕨手刀発見の地」と。
あとで書きますが、これが「出雲系物部氏」との関係のあるところでしょうか?
看板2。
ここは東北自然歩道の一部になっているようです。
縮尺がだいぶ違いますが、この看板では、有耶無耶の関は現在の国道7号線の現在地と同じところになっています。

ところが、周囲を眺めても、それらしきものは見当たりません。
看板3。
看板には「三崎山 奥の細道」とありました。
松尾芭蕉は、ここを元禄2年6月16日に越えたとあります。
あと、「むかし有耶無耶の関があったという」とも。
え~。松尾芭蕉のころには、すでに「むかし」であったのか。

そして、三崎山!山!Mt.misakiとかいてあります!
(帰宅してから、1/25000の地形図で確認したら、標高58.7mの三角点がありました。)
まあ、行って見ましょう。
駐車場の海側にはこんもりと森があって、タブノキが不思議な樹形で生えていました。
南の地方では珍しくないのでしょうけれど、ぼくには見慣れない光景です。
そういえば、飛島にもタブノキの林がありました。
ここのタブノキは、県指定のタブ林と看板1にもありました。

照葉樹の大きいものはあまり見たことがないのですが、ここにあるのは、有耶無耶の関にいるという手長足長という鬼(?)のおはなしと関係があるようです。

手長足長はとりあえずとして、酒田や飛島は海流の関係からか、冬でも割合に暖かく感じ、積雪もずいぶんと少ない(近年は、内陸より多いときもある)とのこと。山形県唯一の離島の飛島は、もっと暖かいようです。
駐車場からは、しっかりとした遊歩道になっているところを海の方向に歩きました。
海の近くまで来ると、山(山というより、丘だな)のうえに灯台が見えました。

有耶無耶の関は、灯台のむこうか~、と歩いているうちに、灯台を過ぎ・・・。
あれまあ?一里塚跡についていました。(わかりにくいですね、看板1をごらんください)

ええと、引き返します。
道はこんな感じ。
なるほど、照葉樹林の林床はこのようになっているのだ、と思いました。

灯台を行き過ぎ、下るときには右の道をきましたが、登りは左を行こう。
と思ったら・・・。道じゃありませんでした。ちょっとだけヤブのなかを歩く。
一番高いだろうところには、象潟町と、遊佐町の境界。
(帰宅後の確認ですが、ここが三崎山山頂付近でした。登頂です。やっほ~ぅ)

そして、道は看板では旧道と、遊歩道は交差しないはずなのに、交差しています。
あれ~?
旧道を行くことにしました。
ほんとにもう~。うやむやな道でござること。
山頂からは、ササの茂るトンネルみたいな道でした。
ちょっと下ったところにあったのは、大師堂。
右の階段のうえには、供養塔があります。

なるほど、場所が確認できたので、この周辺をちょっと戻ったり、うろうろ。
有耶無耶の関の標柱などは見当たりませぬ。
灯台のほうにも行ってみました。
羽後三崎灯台と書いてあります。

徐々に陽が暮れ、白い灯台も夕陽の色をちょっと映しておりました。

おおお~!
日本海にもう少しで陽が沈みます。

だんだんと日没も近づいたため、下山(?)することにしました。
うやむやなれどやむなし。
暗い林を抜けると、鳥海山が近くに見えました。
(手ぶれしたのに気がつかずに、撮っていたので、写真はちいさめ)

トンネルのような道を抜け、振り返る三崎山方向。

歩いたルートを航空写真の上に、なんとなく線をひいてみました。
白は往路。青は復路。×は一里塚。○は灯台。△は大師堂のあたりです。

う~ん。うやむやなり。
10月1日「まよい道 笹谷峠から雁戸山へ1 アカミノイヌツゲ」に、ビービービーさんからいただいたコメントで、有耶無耶の関が三崎峠にある、とお聞きしました。
笹谷峠にも有耶無耶の関があるわけで、なんと県内に二箇所???
笹谷峠の看板には
「関跡は、標高906m、伊達領陸前と、最上領出羽にまたがる笹谷峠にあり、東の笹谷宿、まで一里半、西の関沢宿まで一里半~」とあります。
このあと有耶無耶の由来として
「往古、関山に山鬼が住まいし、行客を捕らえてはこれを食した。ところが、山中に一番鳥(ひとつがいどり:神鳥)がいて、山鬼がいる時は「有也」いないときは「無也」と鳴いて、旅人に知らせて難を避けさせたという。この鳥は助庵仙住寺の十一面観音が神鳥となったものとする霊験譚がある」
で、こちらのお話では、
「今から1200年程前、三崎山に恐ろしい怪物が住んでいて、そこを通る旅人を捕らえて食べていました。この怪物は、手が長くて鳥海山まで届き、足は飛島までひとまたぎできたといいます。住んでいた岩の洞窟付近には人間の骨が散らばっていました。この怪物を退治しようと出かけていった武士も、帰ってくる人はほとんどいませんでした。道行く人々はおそるおそる三崎山を通っていたのです。
ところが、関所付近の林に三本足のカラスが住んでいて、近くに手長足長がいるときは「ウヤ」と鳴き、いないときは「ムヤ」と鳴きました。ここを通る人々は、これを聞き分けて通るようになりました。それ以来、この関所を「有耶無耶の関」と呼ぶようになりました。
折りから来合わせた慈覚大師はこの手長足長の話を聞いて退治に出かけましたが、捕らえられてしまったのです。しかし手長足長は、大師の鋭い眼力と慈しみの心に負け、しまいには、降参してしまいました。大師は、散らばっている人間の骨を集めて埋め、そこには五輪塔を建てて冥福を祈りました。
その後、手長足長が人間の肉を食べなくなると、タブの木の実を食べさせました。それからというもの、道行く人々も、カラスの鳴き声を聞き分ける必要も無くなり、安心して通ることができるようになったのです。大師が、三崎を去る時に、たくさんのタブの実を蒔いていきました。それが現在、三崎山にうっそうと茂るタブの木なのです。」※遊佐町HPより
う~む。大変似たおはなしです。
山鬼と、手長足長。一番鳥と、三本足のカラス。
その後、有耶無耶の関について、手持ちの資料がないため、ネットなどで調べてみるとですね。
どうも・・・笹谷峠と、三崎峠の二箇所にあるのではなく、どちらにあるのかよくわからぬ。ということのようでした。
有耶は有也(ありますよ、おりますよ)、無耶は無也(ありませんよ、おりませんよ)かな。
さてさて、あるのか、ないのか。
よろしい!まさに、うやむやであること間違いなし!
これは、どっちも有耶無耶の関でよいだろう、と思いました。
(と、断言してしまったらうやむやでないな)
うやむやであるのを満喫した後、日本海に沈む夕陽とほっそ~い月。そして帰宅前には、月山の姥沢の駐車場で星を観ました。それは、また別なおはなしで。
(しかし、この記事・・・。長くって途中で、どうしようか?と思いましたけど、載せてしまいます。
有耶無耶の関については、GoogleやWikipediaでどうぞ。)
Plant×50
タブノキ・・・1種×50=50円
climb×100
三崎山(いつの間にか登頂していたみたい)・・・1座×100=100円
10月1日から累計3,900円 9月:3,700円 4~8月:18,150円